2011年12月27日火曜日

原典からみる応用地質学-その論理と実用

近く『原典からみる応用地質学-その論理と実用』が古今書院から出版されます。上司が共同執筆者なので、ひとあし先に目を通すことが出来ました。決して安くはないし、白黒で固い印象は否めませんが、これから地質技術者を目指す大学院生、若手技術者にとっては良い本ではないでしょうか。

 http://www.kankyo-c.com/topics/topic-2.html

 私の専門である地形学にしてみれば『写真と図でみる地形学』や『羽田野誠一地形学論集』が該当するでしょうか。
 ちなみに”最近はやりの”深層崩壊について、CINIIで検索したら最も古いもので1996年でした。それ以前は「大規模崩壊」「地崩れ」「地すべり性崩壊」と表現されていましたが、論文のタイトルとして「地形学的考察」「構造規制」といった、成因を問うキーワードとして用いられていました。ことはそう単純ではないので、研究者・技術者が悩んで、そして防災のためにどう考えるか、苦心したことが分かります。最近の言葉の使われ方は記号的で、「原典の深さ」を感じさせるものが少ないように思います。

2011年12月26日月曜日

?極端気象による深層崩壊?

平成24年度の砂防学会の案内が掲載されていました。今年は東日本大震災や紀伊半島の土砂災害など、大規模な災害の多い年でした。ですから、学会として災害発生のメカニズムや今後の対策を議論したいという試みは分かります。

 http://www.jsece.or.jp/event/conf/2012/1.pdf
 
 しかるに”極端気象”とはなんでしょう。異常気象じゃだめなんでしょうか。「近年の地球温暖化に伴う極端気象により,従来より降雨強度が大きい,ないしは降雨量の大きな降雨が増加している。」という一文は、ちょっと"利”系の匂い(事業に対する”我田引水感”ともいうべきか)が強すぎます。紀伊半島の土砂災害については、このブログでも明治と平成の十津川災害として文献を猟補しましたが、科学的・客観的な事実を明らかにするという、当たり前ですが勉強になるものばかりです。

2011年12月23日金曜日

冬の青空

 地震から9ヶ月がたちます。仙台平野の津波の被災地。かつて家屋があった平野には冬の枯れ草と澄んだ青空のコントラストが印象に残ります。土地改良、廃棄物処理、復興に向かう機械音と潮騒が重なりあっていました。

2011年12月17日土曜日

夢のある話 しかし若者が、、、、

今日は「日本列島の誕生」等の著書がある平朝彦先生のご講演を聞くことができました。JAMSTECの「ちきゅう」による南海トラフの掘削が主たる内容でした。静岡県の富士川河口の土砂が、このような混濁流となって南海トラフの底を流れてはるか800km離れた四国沖まで達しているという事実を聞くと、水系砂防といっていることなどちいせえなあと、、、
 また、夢のある話と題され、日本は海洋資源大国で数百兆円の価値があるとのこと。懇親会の最後に「いち、にっ、さん、ダー」で締めをされるなど、はじけたところのある先生ですが、この夢のある話を聞いた最年少が私というところに夢に人偏をつけざるを得ない現状です。寒くなりました。

2011年12月16日金曜日

マニュアルにない凡例が、、、

今年は深層崩壊もあってか、地形判読の仕事が多くなっています(まあ、深層崩壊という言葉はあまり好きではありません。地すべり、大規模崩壊、地崩れ、いろんな言葉がありますが、鈴木隆介先生の『基岩崩落』が一番すっきりするかなあ)。
 ある方が、下河さんが作成された事例を見せてくださいというので送ったら「レベルが高いですね。でもマニュアルにない凡例が結構多いですね。今度の仕事ではマニュアルに沿ってください」このあと少し押し問答しましたが、、力が抜けました。相手の辞書に自然観という言葉がなかったように感じました。こんなことが増えてきました。

2011年12月15日木曜日

1960年代以前の空中写真

先日は1970年代半ばの空中写真の利用価値について書きましたが、いまたまたま1960年代と終戦直後に撮影された米軍写真を判読しています。1970年代の空中写真ではかなり宅地開発が進んでいて、丘陵地、いわゆる里山が急速に姿を変えています。その10数年前の空中写真では、里山はほとんど開発されていません。いかに急激な変化であったかがわかります。急激であるということは、同世代であるということなので、老朽化も加速するわけです。また、そのころの山林は荒れていました。植生が薄いので崩壊地もたくさんあります。今の空中写真を見ると、とても緑が豊かです。
 このようにいろんな時代の空中写真をみて場景・情景SURROUNDINGSを思い浮かべるのが、空中写真判読の楽しさでもあります。

2011年12月13日火曜日

「場景・情景」、 SURROUNDINGS

下山先生のブログに興味深い記事  http://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/7073c43ef69670aa9daf3cf3e7ff4522
 日本のアニメと西欧のアニメの大きな違いは、日本のそれが「背景」を重視していることだそうです。
・西欧では、キャラクターそのものに集中し、背景は重視しない、とのこと。
・背景とは、すなわち「場景・情景」、 SURROUNDINGS にほかなりません。
・ところが、建築の世界では《西欧化》が進み、 SURROUNDINGS を考えなくなった!
・これは、「建築」の本質に悖る(もとる)ことです。私はそう思います。 

 防災もそうです。データ作成、計算が主となり、地形発達史的背景、歴史、文化に学ぶことが少なくなっています。

2011年12月11日日曜日

技術の伝承ー現場の教訓から学ぶー

地盤工学会誌59巻12号pp.53-60 技術の伝承ー現場の教訓から学ぶー上野さんの講座にはためになること、耳の痛い事がいっぱい書いてある.

警察の調査がはじまり(略)出頭する。落石の予測はできるのではないかとの問いかけにたいして「詳細な調査によって落石の危険箇所は指摘できるが、発生時期は明日か100年後になるかは計測しても十分にはわからない」と主張した(上野さんの講座から) これは、地震や豪雨、火山についても同じでは
防災科研の福囿輝旗さんの論文に「崩壊予測法の根底にあるものは最終破壊が起こる前に変形が加速度的に増加することで、火山の噴火予知や地震の発生予知に利用されている」とあったことを思い出し、ならば落石の頻度が増すことに着目して岩盤崩壊予測が可能ではないかと考えた(上野さんの講座から)

2011年12月10日土曜日

1970年代半ばの空中写真の価値

京都大学による台風12号土砂災害の調査速報に、崩壊前の空中写真が実体視できる状態で掲載されていました。

 2011年台風12号による深層崩壊の地質・地形的特徴 (速報,暫定版)-2
 http://www.slope.dpri.kyoto-u.ac.jp/mountain/reports/111122kii-disaster3.pdf

 (前にも書いたかな)この時期に撮影された空中写真は出来るだけ鮮明に、日陰を少なく、と何度も取り直されたほどなので、地形判読、植生判読にあたりストレスを感じたことはまずありません。最近は経費削減のおり”とりあえず撮影すればよい”とばかりに、縮尺は小さく実体視ができない場合も(数をすくなくするため)多い。最新のものがかならずしも利用価値が高いものではありません。そして幸か不幸か1970年代半は、それなりに植生が薄いので地形がよく見えます。航空レーザー計測の地形解析力は確かに革命的ですが、やはり空中写真の俯瞰力にはかないません。木と森をバランスよく見るには、1970年代半ばの空中写真がいちばんです。

2011年12月7日水曜日

台風12号のつめ跡

2011年の台風12号による被害は、紀伊半島の深層崩壊がクローズアップされがちですが、実はこまかいところを入れるとずいぶん多いことがわかります。長い時間強風が吹き続けましたので、大木が根こそぎ倒れ表層崩壊を誘発しているのです。いま、静岡県の現場に来ていますが、そんなことを感じています。

2011年12月4日日曜日

浜離宮にて

 横浜国立大学の宮脇先生の著作に「浜離宮、芝離宮でも今から250年前にタブが植えられましたが、150回も起こったといわれている江戸の火事にも、関東大震災や第二次大戦の焼夷弾の雨にも生き残って」という記載があります。もう定量的な説明なくとも、この堂々として優しい佇まいをみれば分かります。”みどりの~”という言葉には(私だけかも知れませんが)いまひとつ産業化されていない木がするし、市民ボランティアで、、という雰囲気があるように感じます。が、これもプロの仕事であり、自然の成立過程を科学的に知っておく必要があると思います。”建設物価”や”安定計算”にはのらないのかもしれませんが、、、、、、

2011年12月2日金曜日

地理学会らしい成果

日本地理学会が「2011年3月11日東北地方太平洋沖地震に伴う津波被災マップ」を作成していますが、これが実に丁寧で、手書きの味がする。色鉛筆をもって、手を汚して、現象を綿密に描写する、地理屋の原点を見た気がしました。
  岬や入り江のひとつひとつまで、津波の到達範囲が詳らかに描写されています。多くの学生さんも携わったようですが、CADやGISからはじめるのではなく、自分の手で意図を持って描写することを実体験したことは今後実務で底力になりますから、とても良い経験ができたのではないでしょうか。

日本地理学会災害対応本部津波被災マップ作成チーム
http://danso.env.nagoya-u.ac.jp/20110311/map/index.html

2011年12月1日木曜日

表層崩壊の歴史的背景

砂防学会誌Vol64,№4に、以下の論文がありました。

 大丸裕武ほか(2011):2009年に山口県防府市周辺で発生した崩壊の歴史的背景,Vol64,№4,pp.52-55

 「地形発達史」や「地質的」背景といったタイトルはよくみかけるのですが、「歴史的」という人間活動の所産であることが伺えるタイトルに新鮮な印象を持ったのでを通してみました。そしたら、結論(推論)としては、やはり現在の豪雨災害で、崩壊しているのは近世の山への火入れによる黒ボク土が不透水層となっていいたのではないかということでした。
 人文地理の授業で千葉徳爾先生の名著「はげ山の文化」や、赤木・貞方両先生による鉄穴流しによる中国山地の地形改変の論文はよく読みました。実務で渓流調査をするようになり、渓床堆積物の多くは「歴史的所産」ではないかという予感はありましたが、このような実証的研究はあまり多くないと思います。東日本大震災以前の災害の記憶が薄れがちですが、このような地道な研究の積み重ねは重要なことです。

2011年11月30日水曜日

就職活動”短期”戦!?

今日の神奈川新聞の1面は「就活不安な”短期”戦」という記事でした。写真は黒いスーツに実を固めた学生たちが大学OB・OGによる説明会の写真でした。就職率の厳しさは20年前と雲泥の差がありますが、風景はあまり変わっていないような気がします。
 私の勤める業界の人は、このような”就活”をしたという人はあまり聞きません。大学の先生の紹介というパターンが多いでしょうか、今ではホームページをみて応募することも多いのでしょうが、訪問する企業の数は両手あれば数え切れると思います。
 東日本大震災の影響で、私の会社はいま超人手不足です(といって人を雇うほど儲かってないのが悩みのタネですが)。ただ、大量の災害廃棄物・放射性廃棄物に代表されるように、新しい自然観、技術観が必要とされます。これまで公共事業でおこなってきた防災、環境保全が民間でやろうという新しい産業を立ち上げることが、”さしあたって就職”から”誇りをもって就職”に換えることも必要になってくるのではないでしょうか。

2011年11月22日火曜日

7件に1件、、、

今日のモーニングバードで「急増する空家」という特集をやっていました。7件に1件が空き家という衝撃の数字が示されました。空き家は急速に老朽化、都市斜面にある場合、ある種の崩壊予備物質です。そして急激に風化が進みます。崩落しやすい谷埋め盛土の調査法はもう確立され、有効な対策工も示されていますが、空家問題は場所の予測と急速な風化をなかなかとめられないという厄介な問題を含んでいます。

2011年11月21日月曜日

落葉の現場もいいけれど、、、

11月も後半になってくると、次第に葉が落ちて斜面の表層が見やすくなります。皆考えることは一緒で、この時期に現地調査をしたいと思う人が多いので、どうしてもいろんな現場が重なってしまいます。しかも日没がはやいので、なかなか進まず日程が重なる、、ということが多くなります。
 以前、羽田野誠一さんは、実は最も斜面がみやすいのは桜が咲く前である、よって桜前線巡検くらいは企画すべきだということを考えていたそうですが(日も長いし過ごしやすいし)、なんといっても年度末ですから反対が多かったのだとか、、

2011年11月20日日曜日

USGSの警告

なぜ日本ではなくてアメリカの地質調査所が警告するのかよく分かりませんが、不気味なニュースです(M9が1年に2度おきるんだろうかという気もしますが)

 http://www.tax-hoken.com/news_RcQDORcIi.html

 千葉沖の巨大地震はよく言われる話で覚悟は必要。津波は東京湾に来たときどのように挙動するのか、、、心配はつきませんが、房総半島の段丘の異常な高さをみると日本列島の自然にとっては普通のことだと認識しておく必要があります、

2011年11月19日土曜日

海外の自然のスケール感

 今日は同業者との勉強会で、昨日は応用地質学会の応用地形研究部会でしたので、懇親会と海外のレポートを連続して聞く機会がありました。
 昨日はヨーロッパと日本のスキー場の違いについての話を伺いました。意外と気がつかないのが、日本のスキー場はパウダースノーにとても恵まれていること。欧米では、1ヶ月前の雪がそのまま融けずにのこっていることが多いとのことでした。また、スキー場の立地として、ヨーロッパでは氷河が削った大規模なU字谷やその上部山岳を利用した大規模な山スキーが多く、日本は地すべりや火山麓の斜面(緩斜面)を利用したゲレンデスキーが多いこと、八方尾根などは地形的変化に富み山スキーとしても外国人の評判がよいことなどが述べられました。

 今日は、パキスタンとタジキスタンの天然ダムの話を伺いました。まあスケールが違う、上の写真は、タジキスタンの「現存する世界最大の天然ダム」で、1911年にM7.4の地震とそれに伴う地すべりでできたのだそうです。水量なんと170億m3、、、、

2011年11月18日金曜日

活性化させるべき世代は、、、

今日は飲みが入ったのであまり長い文章は書きません。応用地質学会で、シニア世代の活性化が叫ばれているそうです。逆だろう二、、、、

2011年11月17日木曜日

地形学らしい論文

以前私が書いた論文に丁寧な質問を下さった方が、「地形」に山地斜面の発達史に関する論文を投稿されていました。

 平石成美・千木良雅弘(2011):紀伊山地中央部における谷中谷の形成と山体重力変形の発生,地形Vol32,№4,pp.389-409

 まず、第一印象は、地すべりとは違い堆積物の残りにくい西南日本外帯の急斜面の発達史について、よく文献を精査しておられること、次に、遷急線、侵食前線の考えかたがよく整理されていて分かりやすい論文だと思いました。「谷中谷」という言葉は、おそらく新しい概念だと思いますが、我々が実務でいうChやCm級の堅岩が連続しているようなイメージでしょうか。
 私も実務ではレーザー計測地形図をみて、この論文にあるように下位遷急線がシャープに追跡できるところとそうでないところがあることは実感していました。「平成」と「明治」の十津川災害が、第四紀後半の地形発達史のなかでどう位置づけられるか、方向性と課題が示されました。急斜面の地すべりを勉強するにあたっても、充実した論文だと思います。

2011年11月16日水曜日

似たような委員会

最近応用地質学会と地すべり学会から、深層崩壊の定義づけやとレーザー計測地形図を用いた解析の方法を考えるといった趣旨の委員会の案内がありました。大きな土砂災害がありましたから、いろんな学会での議論が多くなるのはわかるのですが、ちょっと学会の数自体が多いような気がします、学会費も高くなるし、論文の審査は時間がかかるし、、あまり発展的ではない傾向です。

2011年11月15日火曜日

技術士夜話と災害現場

技術士夜話は、災害現場が3連載となっていました。

・災害のたびに現場に http://gijutsushiyawa.blogspot.com/2011/11/blog-post_09.html
・白河土砂災害 http://gijutsushiyawa.blogspot.com/2011/11/blog-post_11.html
 木の根が表土の下の地盤まで入らないような特殊な地質が原因だ。専門用語では低溶結火砕流堆積物である。このような木の根の減災効果が発揮できない特殊な地質は他にもあることがあとでわかってくる。

・飛騨川豪雨災害 http://gijutsushiyawa.blogspot.com/2011/11/blog-post_17.html
 広葉樹より植林地で表層崩壊が多く、特に、植生管理の出来ていないもやし林での崩壊が多いことがわかってきた。植生と表層崩壊の関係を研究しようと考えるきっかけになった現場である。論文も掲載し勉強になった案件であった。

2011年11月14日月曜日

水害地形分類図 - タイの洪水被害 -

防災科学技術研究所にはいい資料があります。そのひとつに水害地形分類図があります

 タイ中央平原水害地形分類図・タイ中央平原西部クラシオ川流域水害地形分類図について


  早稲田大学では大矢雅彦先生とその一門の方々によって、日本や東南アジアを中心とした水害地形分類図を作成してきました。その多くは河川事務所など行政機関に納められたので、一般に閲覧することがなかなか困難な状況にありました。ただ、その作成過程、地形発達史的背景に考えをめぐらせることに魅力を感じ、私は水害地形分類図の作成を卒論のテーマに選んだのでした。

  実際の洪水の範囲との対応はどうでしょうか
 

 来年、応用地形判読士という資格が創設されるようですが、日本ほど空中写真の整備された国はそうそうない。グーグルアースやランドサット等でどこまで地形が判読できるか、そういったことも応用(実技)として身に着けたいと思いました。

2011年11月13日日曜日

去年のテーマではありますが、、

去年の応用地質学会では、このようなテーマで発表してました。「大人のための修学旅行」と言ってましたので、娯楽性を地学の一般化の起爆剤に、、と考えていましたが、3.11以降ちょっと余裕がなくなっていました。

平野地域における歴史的街道沿いの地形条件―関東平野の中山道を事例に―
http://ci.nii.ac.jp/naid/130000298522
平野全体でみた場合,そのルートは比較的直線であり,台地をできるだけ通過し,山地や丘陵,沖積低地を避ける傾向があることである.また,地形分類でみた場合,以下の特徴が挙げられる.台地では開析谷を避け,面の分水界に沿う傾向があること,扇状地性の台地では等高線に平行する弧を描くルートをとること,沖積低地では自然堤防を伝い,旧河道や後背湿地,河川を可能な限り通過しないことである.これらの特徴からは,高低差を少なくする通行の容易性と,水害を避けるという安全性の両面に配慮していることが指摘できる.

2011年11月12日土曜日

防災格言205

http://yaplog.jp/bosai/archive/353
 神奈川新聞紙上に連載された『シリーズ裸の都市:迫る東海地震 昭和54(1979)年5月)』内のインタビューでは、東海地震予知について、当時 "焼け跡派" と称された開高氏の防災観とともに、日頃からこの格言を好んだことが伺える。
 (地震予知)空振り、大いに結構、備えあっても憂いある時代なんだから、警報が外れたらもうけもの、と思わなくてはいけない。警報段階のパニックを心配する人もいるようだが、私は、そんなパニックだったら大賛成。大地震に襲われてからのパニックに比べれば、タカが知れている。免疫注射と同じで、微量の"毒"を入れることで、巨大な毒に対抗するわけだ。人間が賢くなれるのは昨日に対してだけで、今日、明日に対しては愚かである、という言葉がある。ぴったりではないか。

2011年11月11日金曜日

防災格言 津波

http://yaplog.jp/bosai/archive/352
『 一、地震があったら津浪の用心せよ。
 一、津浪が来たら高い所へ逃げよ。 
一、危険地帯に居住するな。 』
「昭和八年三月三日 大海嘯記念碑(大槌町 昭和9年建立)」より。

東日本大震災による津波により甚大な被害を受けた岩手県上閉伊郡大槌町。大槌町は、明治29(1896)年の明治三陸地震津波(M8.5 死者21,953人)で4m近い津波が襲い死者900人、500戸を超える住居が押し流された。それから37年後の1933(昭和8)年3月3日深夜2時半すぎに発生した昭和三陸地震津波(M8.1 死者3,064人 家屋流失5,851棟)でも2mを超える津波により死者61人、倒壊・流失した家屋622戸という甚大な被害が生じた。たび重なる津波の記憶を忘れないように住民たちの手によって震災から1年後の1934(昭和9)年3月に「津浪災害記念碑」という石碑が大槌町吉里、赤浜など数ヶ所に建てられた。三陸海岸各地に約200基ほど建てられた過去の津波被害を伝える様々な石碑のうちの一つである

2011年11月10日木曜日

現場で染みる歌

ある日の現場へ向かう途中のカーラジオから、中島みゆきの「ファイト」が聞こえてきました。♪たたかう君のうたを~たたかわないヤツラがわらうだろー♪ 同乗していたパートナーが、ちょっとリアルですねといえば、最近シュミレーション結果の確認視察みたいな軽いノリの現場もあって、、、まあ、どちらがやりがいあるかといえば前者です。

2011年11月9日水曜日

表層調査の秋

 秋は食欲、スポーツ、読書だの、いろんな言い方をされますが、斜面調査にとってもなかなか良い季節です。木々の葉っぱが落ちて、斜面がとても見通しが良くなるからです。したがって土層強度検査棒(土検棒)による表層崩壊ポテンシャルの調査もはかどります。
 先月札幌で行われた応用地質学会は、東日本大震災と台風12号による紀伊半島の土砂災害のあとであしたので、深層崩壊の話題ばかりが目立ちましたが、実は斜面災害の9割は表層崩壊なのです。崩壊土砂量や被害規模を、”毎年の積算”で考えると、表層崩壊のほうが上回るということができます。応用地質学会では、わが社の若手ホープ、鵜沢君が土層強度検査棒(土検棒)を使った調査事例を沢山紹介してくれました。

  http://www.kankyo-c.com/happyo/2011/2011_oyo_oral_uzawa.pdf
  HPに載せるためにかなりはしょっています。

2011年11月8日火曜日

地盤工学会に寄せられた中学生のメール

 地盤工学会誌59巻11号 地盤工学会に寄せられた中学1年生からの1通のメール夏休みの自由研究で、一関市にくらべ平泉は東日本大震災より被害が少なかった。奥州藤原氏は平泉が地震につよいことを知っていてこの地に中尊寺を建てたのではないか?学会誌にも書いてあるとおり、さわやかな話題でした。
 平泉と地震との関係に興味を持った中学生と、地盤工学会が協力。結果は、奥州藤原氏は北上川の水運と農産物、砂金の産地、攻め込まれない地形構成が理由であった。結果的には平泉は地震に強い地盤であり、中尊寺は凝灰岩の上に立地しており、地震に対して強かった。この中学生は学校内で表彰されたのだそうです。
 同じ地盤工学会誌59巻11号には、「裁判例からみた地盤リスク」という講座が掲載されている。著者は、技術士、弁護士、不動産業者とさまざまでしたが、このような中学生が夢を持てる学会・業界になるのでしょうか。

2011年11月7日月曜日

応用地質学会は盛り上がりました

 ちょっとおそくなりましたが、会社のメンバーの応用地質学会は盛り上がりました。東日本大震災の平野と斜面の話題、崩壊跡地の植生、土層回復の話題、座長もまさに応用地質学的な発表と好評でした。詳しくはHPにて、、

 http://www.kankyo-c.com/topics/topic.html

2011年11月6日日曜日

内業泣かせの季節

 データを送るとき、ファイル名やフォルダ名に日付を入れます。ところが今月になって、20111101、20111108、、切れ目はどこ、、、11月11日には20111111となるわけですが、その日は金曜日、よってデータを送る可能性は高いわけです。災害の名前はほとんどに元号がついていて、明治と平成の十津川災害の比較なんていわれ方もします(19世紀と21世紀)。ややこしい季節です。

2011年11月5日土曜日

航空レーザー測量地形図でわかること

 最近は災害が発生するたび航空レーザー測量が行われ、超高精度の地形データが得られます。千木良先生は「地形調査の革命児」と称され、その価値を認められています。ですが、実際の判読作業者の立場から言うと、データ量、質ともに多いゆえに作業量も多い。というか、作成する主題図が「濃密」なことこの上ない。
 確かに線状凹地、微細なクラック、段差地形はよく見えるようになりました。高木に覆われているが、実は崩壊跡地であって、そろそろ不安定土砂がたまってきたかなあといった時系列的な予察もできるようになりました。でも、私が判読精度があがったと感じるのは、硬質な岩盤からなる急崖(多くは、CmあるいはCh級の岩盤か)です。安全側に評価されることが多いのであまり着目されませんが、従来の航空写真では日陰になって全然見えなかったので大きな進歩です。安全がわかるということは、危険箇所も自ずとわかろうというものです。

2011年11月4日金曜日

出張が多い

 今年はあちらこちらで出張が多い。大規模災害は多いことがその理由ですが、「現場」をやる人の比率が減っているような気がしてならない。人の配置と役所との折衝で忙殺されている人のほうが増えているような気がします。

2011年11月3日木曜日

あたり、はずれの議論を超えて

 京都大学防災研究所は、2005年に『1889年十津川崩壊災害の防災科学的総合研究(報告書)』をまとめています 。

 http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/147968

 全部で7章にわたり、詳細な研究がなされています。特に7章では二重山稜の発達する山地の具体例を挙げて、地形発達史的背景(地形輪廻)の観点から地震防災に関しても要注意とすべき,

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周期的に訪れる地震の影響を受け,長期にわたる徐動的なクリープによる斜面変動で作られた変動地形である可能性を示す事例として重要である.次に訪れる地震あるいは豪雨によって大規模な山体崩壊につながる可能性もあるので,今後の詳しい検討と十分な注意を要する.
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  と述べられており、実際「平成の十津川災害」で崩壊に至った箇所もあります。
 しかし、先日の記事で上げた岩松先生の提言は、またもや実現しませんでした。
 http://www.geocities.jp/f_iwamatsu/retire/hyperopia.html

 立山砂防では数年前、「平成の鳶崩れ」と称して大規模な避難訓練を行いました。低頻度大災害をイメージする良い機会となったと思います。深層崩壊の可能性のある斜面を抽出して”あたりはずれ”を議論するだけでなく、どのような行動をとるべきかまで踏み込んだ議論がそろそろ必要なのかもしれません。

2011年11月2日水曜日

2004年中越地震その後

 来年の応用地質学会は新潟だそうです。「ふたたび」という言葉を使われていました。実は、前回新潟で応用地質学会が開催されたのは2004年、新潟県中越地震直後であったそうです。当時は、こんな状況のなか学会を開催してよいものかどうか、迷ったこともあったとのことでした。
 2004年中越地震に関して、私は一本論文を書いています。

 2004年新潟県中越地震に起因する地すべりと土砂移動 
 日本地すべり学会誌, Vol. 45 (2009) No. 6 pp.435-440
 http://www.jstage.jst.go.jp/article/jls/45/6/435/_pdf/-char/ja/

 この論文の図-6で、この地域における土砂流出の時系列的変化のイメージを示しました。地震によって一時的に大量の土砂がもたらされ荒廃するが、その後次期直下型地震まで安定した状態が続くというものです。先日の中村先生の言葉を借りると、2004年にもたらされた崩積土がそろそろ「資源」となりつつあるのではないかということです。私の図でいうところの「豪雨時一時的に土砂生産増加」も今年ありましたので、どのような状態になっているか、みてみたいところです。

2011年11月1日火曜日

技術士夜話と気になる記事

 社長のブログ「技術士夜話」では、技術士としての使命感、専門家のあり方などが、「夜話」というように一見ソフトな語り口で、しかも情熱的につづられています。私たち後背技術者にとってはとても参考になり、心温まる話です。 しかし、暗澹たる気分になる記事もあります。

 これからは大学中退者が激増する。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20111026/223438/?P=5

 この記事では「ゆるゆるの入試制度」という表現が使われていますが、私たちが受験生だった大学入試センター元年もそういわれたので、よほどのことなのでしょう。「最高」ならぬ「再考」学府といったところでしょうか。

2011年10月31日月曜日

岩松先生の記事より - 予測が当たればよいのか -

少し前の岩松先生の記事を引用します。

http://www.geocities.jp/f_iwamatsu/retire/hyperopia.html
 1986年、「片状岩のクリープ性大規模崩壊」という論文を書いたことがある。その中で宮崎県椎葉村本郷地区の山腹に凸地形(いわゆる胎み出し地形)があり、その下部に末端崩壊がある。この末端崩壊は大規模崩壊の前兆現象であってやがて崩れるであろうと述べた。その写真を鹿児島大学のホームページ「かだいおうち」にも載せておいた。ところが2005年9月6日台風14号で、まさにその場所が大規模崩壊を起こしたとメールを頂戴した。

 実はこのメールを出したのは私です。もう5~6年前になるでしょうか。岩松先生はさらに以下のように続けておられます。

さて、20年前の予言が当たったとして胸を張って良いのであろうか。過疎地のため、人的被害がなかったからよいものの、もし人命が失われていたら恐らく責任を追及されたに違いない。学術雑誌の片隅に書いておいただけで住民にも行政にも警告しなかったからである。崩壊地頭部に林道が建設されたことも知らなかったが、当然ルート変更を提案すべきだった。なぜ、積極的に働きかけなかったのか。「やがて崩れる」というだけで時間の目盛が入っていないことが示すように、遠い将来と考えていたからである。

 先日の応用地質学会でも平成の十津川災害に対し、事前の判読結果があたったか否かという会話が飛び交っておりました。地震にしても「やがておきる」というあやふやな時間軸のなかで、自分の人生のうちには来ないだろうというバイアスも働き、、と言っていたら堂々巡りになりそうです。
 岩松先生の提言のなかで、以下のようなものがありました。

④ 住民参加、地すべりとの共生 
 住民が判断できる資料を提供し、住民が参加できる対策の立案などを行うことが重要である。住民に居住地の危険性を知ってもらうことで、対策工の選定に住民の意見が反映でき、アンカーに受圧盤と言った高価で景観的にも配慮しない構造物を作る箇所が減る可能性があるのではないだろうか。

⑤ ロングライフ工法 
 高度成長期に造ったコンクリートや鉄骨の構造物が一斉にメンテナンス期に差しかかり問題になっている。将来的にはメンテナンスフリーの工法を開発する必要があろう。
 
 ④は相変わらず、⑤はこれからの防災技術の大きなテーマでしょう。

2011年10月30日日曜日

防災格言 - 力武常次

日本海 津波なしとは 誰(た)が云うた 恨みぞ深き 秋田県沖
1983年の日本海中部地震(M7.7)のときの新聞報道によれば「日本海沿岸には津波がない」と伝えられていたことが、死者100名を出した津波被害の原因の一つだとされている。日本海の地震で津波が起らないなどというのは全くのうそで、過去に何回も津波の経験がある。

北海道、青森、秋田、山形、新潟の日本海沖合いには、歴史上ときどき津波を伴う地震が発生している。その発生頻度が太平洋側に比べはるかに低いので「日本海には津波がない」という誤解を生じたのかもしれない。』

日本海側の津波地震として、1833(天保4)年の山形県沖地震(庄内地震 / M7.5)では、山形県鶴岡や新潟県佐渡では津波による大被害があり、また、この時、北海道函館にも津波が到達している。また、1993(平成5)年に奥尻島で29mの大津波を記録した北海道南西沖地震(M7.8)では、日本海側の新潟県、石川県、遠くは島根県の港にまで津波被害が出ている。

2011年10月29日土曜日

職人芸

 応用地質学会で福岡教育大学の黒木先生と懇談する機会がありました。私の発表で、昭和30年代くらいまでの地形図には干潟と澪筋が表記してあったが、今の地形図にはないのですねという指摘から、、今後は高圧電線も表記されなくなると聞いている。地質屋にとってはとても困る傾向だという話にまで発展しました。
 確かに最近実務で使う地形図は、等高線はデータ容量を重くするためか、地形の描写が雑なものが目立ちます。縮尺が大きい事と詳細であることは一致しないのです。話を干潟と澪筋に戻すと、それは船舶の上陸の必要性(軍事も含め)を考慮したものだと聞きました。地図にはそういう戦略・意図が表現されている。実に人間くさいものなのですが、数値で表せないものを排除する流れはどうも留まるところを知りません。”考察”よりも処理が楽なのですが、そんなことを繰り返していると想像力が弱まり、ますます災害に弱い国になっていく気がしてなりません

2011年10月28日金曜日

崩壊地は資源

  応用地質学会の特別講演で、北海道大学の中村太士先生のお話を伺うことができました。砂防調査・計画に携わってきた私にとって新鮮な驚きがありました。「崩壊地は資源」という考え方です。
 崩壊地といえば、災害をもたらすものという考え方が主流(というかほとんどそう)でした。私も”わるさをする”という言葉をつかったものです。もちろんそれは保全対象・地域社会にという意味です。
 でも、このブログで何回か書いたとおり、自然が災害となるか恩恵となるかは表裏一体です。恩恵という言葉は、いままで漠然とした概念したが、「資源:Resource」という言葉を用いられると、私たちの生活基盤を支えるものとして重要であるというイメージを持つことができます

2011年10月27日木曜日

防災格言 - 津波は逃げられない

津波は、水深が深いほど速く、水深5,000mだと時速800km/hとジェット機並み。海岸に近づくと、速度が鈍るかわりに、勢力がしぼられて波高が急に高くなる。それでも水深200mで時速160km/hはある。陸に上がっても毎秒数メートル。並の足では逃げ切れない。遠方に白い波頭が見えた時が逃げ出す最後のチャンス。津波は国際的にも「tsunami」で、日本は津波常襲国。瀬戸内沿岸以外、どこも津波に襲われる危険性がある。

『 津波は、並の足では逃げ切れない。遠方に白い波頭が見えた時が逃げ出す最後のチャンス。 』
阿部 勝征(1944~ / 地震学者 東京大学名誉教授 東海地震判定会会長)

2011年10月25日火曜日

高校地学の「復権」

高校「地学」復権目指す、震災で必要性見直し
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20111024-OYT8T00800.htm

化学や生物と違って、長年にわたって履修者数が低迷し、教えていない学校も多い。現状に危機感を募らせる関係者は「地球の成り立ちを知ることは、防災意識の素養を培うことにつながる」として地学復権を目指している。
 読売新聞が九州、山口各県の教育委員会に、今年度の県立高校での地学(地学1、2)の開講状況を尋ねたところ、沖縄を除くと全体的に低迷。宮崎県は1校のみ、大分県はゼロだった。
 全国も同様の傾向で、文部科学省によると、全国の全日制普通科高校(公立)で2010年度、生徒が物理、化学、生物、地学から選択して履修することが多い2年次に、地学1を開講したのは23・8%。他の科目(物理1=77・7%、化学1=71・1%、生物1=79・7%)と比べ、著しく低かった。

「復権」を言うほど全盛期があったかどうか?

2011年10月24日月曜日

知っていたから買わなかった、、、

 先日宅地調査依頼を下さった方からメールがありました。その内容は、購入したい土地の地盤調査をしたい旨、不動産会社に伝えたところ、購入申込書の記入後なら地盤調査を認めるという内容だったので、他の土地を探してみるというものでした。
 あんしん宅地のメッセージとして「こんな土地だと知っていたら買わなかった、、」という言葉がありました。本当によく聞く言葉でした。”でした”と過去形で書いていますが、今回の件は、結果として仕事にはなっていません。しかし、危険な土地だと知ったから買わずにすんだ、これは懸命は判断であり、財産を失わずにすんだいということです。東日本大震災以降の意識変化のひとつです。

2011年10月23日日曜日

谷埋め盛土の相談

 会社に主婦の方から電話があり、「購入しようとしている土地が谷埋め盛土であるので、大地震時に地すべりが起こる可能性があるかどうか、調べてほしい」という依頼がありました。この方は、ご自分で旧版地形図や土地の成り立ちを調べておられました。
 東日本大震災以降、土地を購入する前に、自分で安全性(危険性)を知っておこうという意味での相談が明らかに多くなりました。私のいとこは茨木の北部に住んでいます、放射線の知識を中心に自ら調べようという意識が高くなったといっています。情報洪水を統制し、市民のために技術者が直接活躍する時代がはじまったかも知れません。

2011年10月20日木曜日

物理が得意な理系、高所得 平均681万円、

物理が得意な理系、高所得 平均681万円、科目間でも格差 経済産業研究所
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111021-00000090-san-soci

理系学部出身者の平均所得は文系学部出身者より約130万円高く、そのうち高校時代に物理が得 意だった人が最も高所得-。経済産業研究所は20日、こんな調査結果を発表した。 
 昭和15年4月生まれ以降の大卒者を対象に今年2月に行ったインターネット調査で、回答を得た約1万1千人のデータを分析。平均所得は全体が552万円だったのに対し、理系学部出身者は637万円、文系学部出身者は510万円と、大きな格差がみられた。
 理系学部出身者の平均所得は、高校時代に得意だった理科科目別では物理681万円、地学647万円、化学620万円、生物549万円の順だった。
 研究チームリーダーの西村和雄・京都大経済研究所特任教授は、「理系は文系よりも人数が少ない上に産業界の需要が多く、文系による代替がきかないため所得が高くなる」と分析。得意だった理科科目間の格差については「4科目の中では物理を不得意とする人が最多で、得意な人への需要が高まり価値が上がった。地学はもともと人数が少ない上、物理の知識が必要なため、同様に価値が高いのだろう」とみている

 私の高校時代は、文系クラスに進むと物理は選択不可、理系に進むと地学は選択不可でした。地質・土質・土木は、しばしば"工学”と結びつきますので”物理が必要”になるのですが、それだけではく学際的な知識が必要になります。”価値が高いのだろう”が気になるところです。私たちの建設コンサル、地質コンサルには、リサーチは入っているのでしょうか

2011年10月19日水曜日

「地震」と「震災」、「瓦礫」と「災害廃棄物」

 応用地質学会誌の編集後記に、用語の定義についての記載がありました。「2011年東北地方太平洋沖地震」という現象と、「東日本大震災」という被害、社会現象という言葉の違い、これは比較的わかりやすいのですが、「瓦礫」と「災害廃棄物」の違いについては、なるほどと思いました。

・瓦礫 ‥ 家屋・ビル等の撤去時に出る(略)アスファルトがら等の廃棄物
       有害物質が溶け出さないことが前提となっている廃棄物

 瓦礫とは上のじょうな定義であるが、いまのところ「災害廃棄物」全体が「がれき」と呼ばれている傾向があり、災害廃棄物全体を「がれき」とすれば、本来の定義では議論しえない有害物質が課題のひとつとなってしまう

 先に紹介した宮脇先生の著書でも「毒物を取り除いたがれきを埋め立てることによって、土壌中に酸素がたまり、樹木の生長を促す」と記されています。これは図らずも応用地質学会の編集後記と同じことを指摘しています。

 なお、災害廃棄物のイメージはこんな感じ
 http://www.kankyo-c.com/line_up/haikibutu/haikibutu.html

2011年10月18日火曜日

瓦礫を活かす「森の防波堤」が命を守る

 植物生態学の第一人者、宮脇昭先生の本です。本の帯に、瓦礫を活用した「森の防波堤プラン」の模式図が示されています。松の木は津波で被災したが、タブノキなどの広葉樹林は残ったこと、空襲にも大火にも耐えた「緑の壁」の効果も述べられています。そして、「瓦礫と土壌の間に空気層が生まれ、より根が地中に入り、根が瓦礫を抱くことにより、木々が安定する。有機性廃棄物は、年月をかけて土に還る」とあります。

 ここで、「瓦礫」と「災害廃棄物」の違いについて、応用地質学会誌の編集後記に述べられているのを思い出しました。それはまた次回、、

2011年10月16日日曜日

地震学会で「反省」「大きな敗北」

 東日本大震災を受け開催された今年の地震学会は、「反省」「大きな敗北」という言葉が飛び交ったようです。
 「大きな敗北」「非常に反省」=予知不可能の意見も―大震災で特別シンポ・地震学会
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111015-00000065-jij-soci

一方で、意外に思ったのが、防災意識が希薄だったという意見が多かった
 地震学者「防災意識薄い」57%…アンケで反省
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111015-00000499-yom-sci
 私は地震学会には参加しておりませんので詳しくはわかりませんが、「敗北」というのは何をもってそういわれているのでしょう。予知ができなかったこと、地殻変動や津波に対するデータが不足していること等が「敗北」だとすれば、(古い話ですが)伊勢湾台風時に「地図は悪夢を知っていた」として水害地形分類図による洪水予測が一致していたり、地すべり地形分布図に示されていた箇所が実際に地すべりを起こしたり、といったことが「勝利」?、、というわけでもないような気がします

2011年10月14日金曜日

再度、技術士夜話

 技術士夜話 http://gijutsushiyawa.blogspot.com/

 のアクセス数がようやく4ケタに乗ったようですが、もっと広く読まれてほしいと思い、再度紹介します。技術士の方のブログといえば、試験対策と”技術士としての在り方”の二種類があるように思いますが、【技術士夜話】は後者です。いま私が高校生くらいなら、こういう生き方も面白いと興味を持ったと思います。

地方での業務は、町医者のように細かく多様な相談事を解決する能力が必要で、広い知識が重要と思う。技術士としての大事な要素の1つでもある。

 本来であれば、このように泥臭く足繁く歩き回り、エンドユーザー(地域住民)に密着した職業であるということです。でも実際は、、そういったことも【技術士夜話】に書いてあります

2011年10月11日火曜日

空中写真判読が受け入れられなかった理由

 地すべり学会誌の最新号に、千木良先生の巻頭文がありました。そのなかで、遷急線の判読はもっぱら空中写真判読によるもので、調査者の主観的な判断であるため、広く受け入れられない面もあったのではないかということが書いてありました。このことは、私もさんざん言われてきたことです。千木良先生の論文では、航空レーザー測量による高精度地形図は地形の見方、自然観をも変えてしまうほどの効果があるとして、斜面地形発達史の痕跡としての遷急線の把握が説得力のあるものになると述べられています。
 2004年の中越地震や2008年岩手・宮城内陸地震で、中縮尺(2.5~5万分の1)でも容易に判読できるような巨大な地すべりブロックが形成される地形変化のひとコマを”目の当たり”にしました。今回の紀伊半島の土砂災害では、羽田野誠一さんが昭和28年の有田川災害以来ずっと主張してきた、遷急線と斜面地形との関連が、航空レーザー測量によって”目の当たり”になると思います。羽田野さんは、段丘面と同じく斜面にもいわゆる”立川期、下末吉期”といった境界線が存在するはずだ、と主張されたいたと聞いたことがあります。それは、何百枚もの空中写真をならべ、多くのきな時間を割いて作成された微地形判読で、まさに職人芸でした。
 しかし、羽田野さんは職人気質すぎたのか、妥協をゆるさなかったので論文や成果品としての完成形が残っていません。
 いつのまにか、羽田野誠一さんの話になってしまいましたが、航空レーザー地形図を用いた判読も、多くの時間と職人芸が必要とされる”主観的”な成果品です。等高線が精密であるだけに、判読できる情報量が膨大であり、調査者の判読も精緻でなければ意味がありません。だから時間もかかります。
 この”ある程度の時間とそれに関わる人件費(インセンティブ)”をきちんと見立てていくことが、”主観的な判断”がひろく受け入れられる理由になるのではないでしょうか。

2011年10月8日土曜日

地下水の”ふるまい”

 地すべり学会誌の特集原稿募集がありました。特集の内容は「地すべり地の地下水の複雑なふるいまい」というものです。
 普通は「挙動」とか「流動」とかいう言葉を使いますが、機械的な響きがあるのでしょうか。「複雑なふるまい」というのは人間くさくてアナログな表現です。本文には

 地すべり地における地下水のふるまいで不思議と感じられた事例について、もちろん”不思議”でない地下水のふるまいについての報告も歓迎します

 とのこと。どんな論文があつまるのでしょうか。

2011年10月7日金曜日

「安全です」といえるか

 宅地周辺の斜面調査を依頼された方へ送付した報告書に対して、不動産業者の方がこういったそうです。周辺のクラックや地盤の沈下傾向、斜面の円弧状の段差等からみて、これはもう腹付け盛土の変状が出始めていると判断しました。要は地形・地質、地盤工学的にみて、客観的な報告書を作成したのですが、、、
 相手方は「安全と言っておいて災害が発生したときの責任を回避する」というバイアスがあると思っているのかは邪推かもしれませんが、売り手のほうは、調査会社が言うほど危険はないと言ったニュアンスのことを言っているようです。
 
 調査の規模は違いますが、地質リスク学会では、「適正な」地質調査によって過大設計の回避、建設事業におけるコスト縮減を目指しています。これまでは、業務を獲得するために、あるいは調査のための調査をやっていたように思います。
 私がこれまで多く携わってきた渓流調査でも「この渓流は土石流の発生する危険性はとても低いですよ」というほうが「危険です」と説明する方が苦労が多かったことを思い出しました。

2011年10月5日水曜日

等高線都市

 ケンプラッツに釜井先生が提唱されている「等高線都市」に関する記事が出ていました。

 震災教訓:高地移転に潜む地すべりのリスク
 http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20110914/552673/?ST=print
 復興に向けて懸念しているのが、高地移転です。この際、大規模な開発で盛り土をしてしまっては元も子もありません。
 そこで提案しているのが、「等高線都市(Contour line city)」です。等高線に沿って斜面に張り付くような住み方をしようというものです。静岡県熱海市などが参考になります。集合住宅を建てる場合も低層にして、海が見えるように眺望を確保します。木もできるだけ切らずに、建物のまわりだけに限ってできるだけ残すのです。そうした工夫で、高級な住宅地をつくることもできるでしょう。ひょっとすると、都会から移住したいという人が増えるかもしれません。

 似たような記事は砂防学会誌にも掲載されていました。
 私がもうひとつ懸念するのは、住宅開発に当たる側は、地すべり学会誌、砂防学会誌、ケンプラッツをあまり読まないのではないかということです。「建設」と「建築」は似て非なるものと感じることが多々あります。不動産学会やハウスメーカーの業界誌にも、このような考えを広めて、学際的に取り組んでいくことも求められています。このことを釜井先生お一人でが負担されるのは無理が生じると思うので、我々技術者も積極的にアピールすべきでしょう。

2011年10月4日火曜日

宅地防災のエアポケット

 先月2件の宅地調査依頼を受けました。ひとつは、東日本大震災で変状した谷埋め盛土上の宅地、もうひとつは急傾斜地の腹付け盛土の問題でした。ふたつの問題に共通するのは、法指定を満たす要件(面積、人家戸数)を満たしていないことです。さらには、斜面内に敷地境界があるというややこしい問題もありました。
 私が担当したのは急傾斜地の方です。40°前後の急な段丘崖の腹付け盛土でした。ところが周辺の急傾斜地は擁壁が整備されていました。ここは、人家個数が3件ということで、急傾斜地崩壊危険箇所にはなっていなかったようです。しかし、地震で崩壊する可能性があると判断されたため、土地の購入は対策工を行うか、慎重になったほうがよいという結果になりました。
 このように、公共工事の及ばない、本当に個人レベルのリスクはいくらでもあるんじゃないかと思います。技術者のアウトリーチが求められるところでしょう。

2011年10月3日月曜日

すぐ役に立つことは、すぐに役立たなくなる

 昨日「灘高の伝説の授業」を扱った番組がありました。「銀の匙」という小説を3年掛けて熟読するというもので、

灘中の伝説授業が復活 3年かけ「銀の匙」熟読 98歳の元教師
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110613/edc11061312000000-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110613/edc11061312000000-n1.htm

いま「熟読」という言葉も聞かなくなりました。それどころか、マニュアルどおりにサッサとやる風潮が主体です。先生は「すぐ役に立つことは、すぐに役立たなくなる」という言葉を残されていますが、あまり考えずに設定した区域もしかり、自然に答えなどなく横道にそれてばかりなんだから、自然を謙虚に熟読する余裕がほしいところです。

2011年9月30日金曜日

地質リスクマネジメント事例研究発表会

 地質リスクマネジメント事例研究発表会が10月21日に行われます。論文集がフルカラーでHPからダウンロードできるのはあるようでなかなかありません。

 http://www.georisk.jp/2011/georisk_paper_colr2011.pdf

 過大設計やそれによって生じるコストの無駄をいかにに避けるかという内容の論文が多く寄せられています。学会論文というよりは技術士の経験論文的な感じもします。道路やトンネル、地すべり対策といったインフラ整備に関わる論文が多いのですが、観光資源となっている岩盤の崩落のリスクを回避する対策や裁判事例など、暮らしに密着した話題もあります。
 そこまでに現場終わらせて参加したいのですが、どうも微妙です。

2011年9月29日木曜日

久しぶりの更新

ながーい出張が終わりました。ひとまずですが。つかれました。

2011年9月15日木曜日

宅地斜面の相談

 先日個人の方から、宅地の斜面の調査依頼がありました。その方は、斜面の上に住んでいる方で、斜面が崩れることによって、崖下の住民の方に対して自分が加害者になってしまわないかという心配でした。幸い危険性の低い斜面だったのですが、”加害者になるのでは?”という依頼を受けたのは、私は初めてでした。東日本大震災、紀伊半島災害と大規模な災害が相次いだため、確実に防災意識は高まっていることを実感しました。

2011年9月12日月曜日

情報共有と防災

 今日、ツイッターをみていたら、紀伊半島の被災地(被災地が各地にできるのは、本当に避けたいものです)から、公式ツイッターを求める声が上がっていました。

東日本大震災でtwitterが大活躍しました。今回の台風12号の紀伊半島被害でもtwitterがあればどれだけ心強いかを知りました。今からでも遅くありません。全国都道府県庁、各市町村役所に公式twitterの立ち上げをお願いしたい。 

 私が社会人になった年には阪神・淡路大震災がありましたが、現在ではスマートホンなど片手でいろんな情報が得られるようになりました。この点は改めてスゴイ進歩だと思います。

2011年9月10日土曜日

十津川災害の文献

  国会図書館に、千葉徳爾(1975)明治22年十津川災害における崩壊の特性について-1-,-2-をコピーしにいきました。ネットで入手できないので。ところが製本作業中でコピーできませんでした。
 篭瀬良明(1976):明治二二年十津川水害 (災害の歴史地理)歴史地理学紀要 (18), p201-225, こちらはコピーできました。当時は、いわゆる”本川”が塞き止められ、現在の”人工ダム”に匹敵するほどの"天然ダム”が形成されていたことが明らかにされています。
  だから今回の災害は「大規模」ではあるが「未曾有」ではない。「深層崩壊」を印象付けようとする前に、歴史に学ぶことも大切ではないでしょうか。

2011年9月9日金曜日

防災格言

ピザの塔は歪んで居るから立って居るのではなくて、歪んでも立つ丈(だけ)の基礎があるから立って居る。

徳冨蘆花(1868~1927 / 明治の文豪 代表作『不如帰(ほととぎす)』『自然と人生』)

2011年9月7日水曜日

十津川災害 - 学際的アプローチ

 明治22年の十津川災害は、多くの研究が行われていますが、そのアプローチは学際的です。例えば、明治災害前後の土地利用状況を詳細に調査した研究があります。



人文地理学ではこのような研究がよく行われる。注目すべきは”ほとんど流失”したなかで”段丘部分を残して”など、残った部分も詳細に記載されているので、現在の防災計画にもつながると思います。
わゆる”理系”の文献だけではなくて、”歴史地理学紀要”、先に紹介した”東北地理”、水利科学(水理ではない)”人文地理”など、多くの分野にまたがっています。

土木工学だけでなく、土地の歴史・文化も踏まえた復興策、そして記録が大切だと思います。

2011年9月6日火曜日

改めて明治22年十津川災害

明治22年の「吉野郡水災史」を解析した論文では「大崩」と記載された崩壊地のうち空中写真判読で妥当と思われる箇所が約200箇所とあります。

2011年9月5日月曜日

古い話題の論文

 昨年(2010)年9月8日に、神奈川県北部で記録的な豪雨があり、土砂と流木が流出する災害がありました。そのことについて、いま論文を書いていますが、3月11日の強烈さにすごく過去の話題のような、いわば隔世の感すらあります。しかし、現在の紀伊半島の状況をみるにつけ、やはり土砂災害は不幸な年中行事となっています。”山津波”もまた自然の営みの一断面と言ってしまえばそうなのですが、どうも今回は十津川災害クラスかもしれません。そうなると、ハード対策や3世代の記憶も及ばない範囲ですのでとても心配です。

2011年9月4日日曜日

水害

 牛山先生がツイッターで、「深層崩壊という言葉が一人歩きしている」と懸念されています。明治22年の災害が「水害」「吉野郡水災誌」として語り継がれているように、被害を大きくしているのは洪水もありあます。流木が大量にダムに押し寄せた映像もありました。インパクトのある映像ばかりですと、災害に記憶と想像力が低くなっていしまい、それが未来の被災を助長し、、

2011年9月3日土曜日

防災格言

『 "助けて"と自分から言えない人を見つけることが一番大切 』

草地賢一(1941~2000 / 牧師 国際ボランティア学会創設者 PHD協会総主事)草地賢一(くさち けんいち)氏は関西のNGO活動の草分けとして知られる人物。

世界各地の災害ボランティア活動をする人々に多くの影響を与えた。関西学院大学神学部を卒業後、YMCAや国際協力NGOである神戸のPHD協会で長く活動。阪神大震災(1995年)の発生直後に個々のボランティア達の連携と行政との対等なパートナーシップを構築するため、阪神大震災地元NGO連絡協議会を発足させ代表に就任。以降、国内だけでなく災害が発生すれば海外の現場にも必ず足を運んでボランティア活動を精力的に行った。

2011年9月2日金曜日

Deep Catastrophic Landslide

 地盤工学会誌59巻4号の技術手帳に、深層崩壊という記事が掲載されていました。率直に言って、二つの点に!?と思いました。
 ひとつは深層崩壊の発生件数の変遷のグラフです。1888年に突出していますが、これは明治の十津川災害でしょう。その後終戦直後くらいまで少ない数で横ばい、90年代後半になって十津川災害時の同じ数に、、、ということが読み取れますが、これは”史実”と”事実”の違いでしょう。
 もう一つは、深層崩壊の英語。三つの単語も実に強烈で破滅的というイメージです。侵食現象は自然の営みの一断面なのですが、言葉が強いなあという印象です。

2011年9月1日木曜日

メガロポリス震災

 太平洋ベルト地帯、東海道メガロポリス、、地理の時間にこのような言葉を習いました。地理学文献購読では、フランスの地理学者ジャン・ゴッドマンの名論文「メガロポリス」を辞書を引きながら読み込みました。
 メガロポリスを日本語で書くと「巨帯都市」となります。ジャン・ゴッドマンは1960年前後に、アメリカのボストンからワシントン至る地域において、NYやフィラディルフィアなどの大都市が、産業構造的にも強い連帯性を持った都市圏の存在を指摘し、「メガロポリス」という概念を提示しました。高度経済成長時代でしたので、輝かしい響きを持っていたことでしょう。
 メガロポリスは、世界にはアメリカ東海岸のほか、先にあげた東海道メガロポリス、ロンドンからドイツのルール地方、イタリア北部の都市圏を結ぶブルーバナナなどがあります。

 しかし、プレート境界、地震多発地帯とメガポリスが平行しているのは、東海道メガロポリス(太平洋ベルト)だけです。メキシコやLAなど、ここの”メトロポリス”はありますが、狭い土地に所狭しと都市が連帯しているのはおそらく日本だけです。

 先日釜井先生が提唱された緑の等高線都市は、この無秩序高密度さをみていると遠い夢のように思うかも知れませんが、緑の多様性、豊富さも日本ならではです(それは地震、豪雨の恵みでもあるのですか)。この国の形、色、どうするか、私たちを上層とした次の世代の課題だと思います。

2011年8月31日水曜日

緑の等高線都市

 地すべり学会の帰りのホテルで書いています。釜井先生が直接参考にされたかどうかはわかりませんが、これぞDESIGN WITH NATUREです。また、よみたくなりました。

2011年8月30日火曜日

「最近の地形学 - 崩壊性地形」から27年

 山地防災に関わる地形・土砂移動現象を語る上で、いまでもよく引用される文献があります。

 羽田野誠一(1974a):崩壊地形(その1): 土と基礎, Vol.22, No.9, pp.77-84.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003965935

 羽田野誠一(1974b):崩壊地形(その2): 土と基礎, Vol.22, No.11,pp.85-94.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003965809

今日は地すべり学会の「大規模地すべりの機構解明検討委員会」の初会合だったのですが、大規模地すべりとはなにか、という定義の議論から始める必要があるということになりました。似たようなテーマじゃ、羽田野誠一さんの一連の論文でも議論されていました。このうち(その1)は、それまでの知見のレビューのような感じですが、(その2)の論文において、

日本で現在「地スベリ」と呼ばれることの多い徐動性変動は英語でいうと「クリープ」にあたり、しばしば山崩れ、崩壊、崩壊性地すべりと呼ばれている現象が「ランドスライド」に当たる。(略)。日本では地すべり、山崩れについて多くの分類方式が提示されているが、統一的な基準は確率していない。

と述べておられます。結局昨日も図らずも同じ議論をしていました。
山地防災が基本的に公共事業であり、「3月にケリをつけなきゃいかん」ことがじっくりした議論がなされない原因かもしれませんが、それにしても四半世紀も同じ議論が重ねられているのはさすがにまずいです。平均年齢が下がらないはずです。

2011年8月29日月曜日

プロの仕事とは

 重いタイトルではありますが妙に書類ばかりが多い仕事が増えると、本当に技術者の必要とされる場面が少ないなあと思うことがあります。今日も某所で片手じゃ持てないほどの大量の書類を抱えて打ち合わせに行って、帰ってきた答えは”考えすぎ”"マニュアルどおりやって”ということで、そのまま満員電車へ、、物理探査並みの重さの書類を持ち帰ってきたのでした。
 土石流の到達する範囲、到達しそうにない範囲、地すべり地形や緩み尾根の見極め、これは本来プロじゃないとできないことなんですが、書類を作りやすくするためにマニュアル化してあるので、アルバイト、パートさんの仕事が膨大になります。そういえばこんな記事もあったりして、、、
 
 パートと正社員の業務「大部分が重複」
 http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20110701/111384/

2011年8月28日日曜日

各地で津波痕跡調査

 高知大学の調査によると、紀元前後の約2千年前に、東日本大震災の規模を大きく上回る津波が四国に押し寄せた可能性を示す痕跡が発見されたそうです。
 http://www.asahi.com/special/10005/OSK201108270036.html
 これを今回見つかった約2千年前の砂層の厚さに当てはめると、40~65メートルの規模の津波が押し寄せたことになる。岡村教授は単純には逆算できないとしつつ、「過去の津波研究は古文書でその高さを推定してきた。記録が無い時代の津波の規模を推定するのに一つの基準になる」と話す。

 すさまじい規模の大連動が起こったのでしょう。もし東海から日向灘までの大連動だったら、800km断層が動いたとされる1960年チリ地震M9.5クラスだったのでしょうか。

2011年8月27日土曜日

大地は平安ではなかった時代

 東日本大震災は、平安時代の貞観地震の再来であるといわれていますが、そのときの災害史をひも解いてみると、貞観地震の18年後には東海・東南海連動地震が起きているし、内陸でも兵庫県や新潟県で地震が発生している、さらには貞観地震の5年前に富士山噴火が発生しています。まさに平安どころか、大地動乱の時代だったわけです。

 http://web.me.com/orio/kodo/fuji-quake/fuji-index.html?089313603

 さて、現在とにているのは、豪雨も頻発していたことです。京都の災害史をまとめた論文に、興味深いデータが示されていました。

 河角龍典(2004):歴史時代における京都の洪水と氾濫原の地形変化―遺跡に記録された災害情報を用いた水害史の再構築―,京都歴史災害研究 第1号 (2004) 13~ 23
 http://www.rits-dmuch.jp/rekishisaigai/pdf/1go/1_3.pdf

 史料に記録された洪水発生回数は、平安時代前半に増加するが、この時期は、平安京右京が徐々に衰退し、平安京左京において都市開発が著しく進行した時期でもある。この時期、平安京の左京には鴨川の氾濫原(洪水氾濫区域)が広がっており、鴨川氾濫原への市街地の進出も水害を多発させた要因のひとつとして考慮しなければならない。これまで指摘されてきた森林伐採による流域の荒廃による洪水の増加に加えて、こうした土地利用の変化も災害発生回数の変動に影響したと考えられる。

 ここで言われている洪水が、現在土石流や谷埋め盛土としての都市開発となっており、災害のポテンシャルを高める要因となっています。
 
 このような激動の時代のあと100数十年してから、清少納言の枕草子が執筆され、日本の自然の美しさを愛でる文化が台頭しました。人間が自然に学ぶには時間がかかるものです。

2011年8月26日金曜日

土石流を目の当たりにしてテンションがあがる

 今日、北陸地方の荒廃渓流の現地調査を行っている社長から、今豪雨が降ってきたので工事用道路に避難している。そしたら、崩壊が発生し、土石流化、砂防堰堤を越流していく様子を目の当たりにできた。命がけではあったが、勉強になった。と興奮気味に電話がありました。社内で電話を受けた私や同僚たちも「みたかったなあ。いいなあ」と。
 ところが事務系の方は、そんなの何が楽しいの?まあ、普通はそうですね。私たち地質技術者はそういう自然のドラマを楽しむ感覚を持ち合わせた人種です。

2011年8月25日木曜日

豪雨の時に田畑の見回りに行って遭難するという被害をどうすればよいのか

 牛山先生のブログ記事を転載します。本来ツイッターで拡散希望すべきようなことですが、長いのでブログにします。
 
 豪雨の時に田畑の見回りに行って遭難するという被害をどうすればよいのか
昨日,防災科研の井口さんのツイートをきっかけに,「豪雨の時に田畑の見回りに行って遭難するという被害をどうすればよいのか」といった話題での議論がtwitter上で展開されました.関連するツイートを下記にまとめました.

http://togetter.com/li/176104

なお,これまでに筆者がまとめたツイートの一覧は下記から見ることができます.

http://togetter.com/id/disaster_i

2011年8月24日水曜日

記憶の減衰の法則性

 失敗学の権威、畑村先生の「未曾有と想定外」という書籍に、記憶の減衰の法則性という図が掲載されていました。これによると

 3日 → 飽きる  3月 → 冷める  3年 → 忘れる
  30年 → (組織が)途絶える・崩れる
60年 → 地域が忘れる
300年 → 社会から消える
1200年 → 起こったことを知らない

東日本大震災にならぞえられる貞観地震は、まさに1200年のスパンでした。一方で、地質学の時間スケールでは、1200年などほんの昨日のこと、、ここにも地学と人間社会のスケールあわせの難しさを見て取れます。

2011年8月23日火曜日

宅地選びの基準

上のグラフはケンプラッツより 
 
 やはり”首都圏で目の当たりにしたという事実”はとても影響が大きかったようです。地盤の安全性が2番目に来ています。こうなってくると”地盤がこんなところとは知りませんでした”、”知っていたら買わなかった”というのは、十分に調査しなかった自分の責任ということになってくるでしょう。
 ただ、もう一つ制御しなければならないのは”情報洪水”です。ハザードマップを見て”安全”だからという判断ではもう一歩足りない。地表・地質踏査をしていて同じ地盤、同じ現場が二つとないことを実感するのと同じように、”自分にとってのハザードマップはどこにもない”のです。見方をかえればハザードマップに使われないように、あるいはそれだけではわからない土地の成り立ち、強度分布を調査し情報提供することなど、地質技術者が市民からの元請をできる市場を作るチャンスだともいえます。

2011年8月22日月曜日

行動指南型から状況通告型へ

 今日の神奈川新聞に先月19日の豪雨時に避難をしなかった住民が多かったことの背景を考える記事が掲載されていました。住民のなかには「あれほど激しい雨の中を移動する方が危険だ」「昨年の豪雨に比べて雨も土砂量も少なかった」という"自分で正当”に判断した人が多かったとのことです。
 群馬大学の片田先生は「市町村合併で面積が広い自治体が増えたこともあって、行政の災害対応には限界がある」と指摘されています。たしかに平成の大合併は、地域の風土をかなり無視していますので、ひとつの基準ではとても対応できません。それに、情報過多になっていますから、役所の「避難してください」というメッセージよりも、「自分の行動は自分で決める」と反骨してしまうのでしょうか。”流木が増え始めた”とか、”流出土砂が増えてきた”など、きわどい情報は出すほうにも勇気がいりますが、自然が今どういう状況にあるのか、イメージしやすい、そして切迫感のある情報の出し方(パニックをおそれず)を考え直す時期でしょう。

2011年8月21日日曜日

巨大津波、三陸で6千年に6回か…地層に痕跡

 平川一臣先生の研究グループが、気仙沼で去約6000年間で6回の大津波に襲われたことを示す地層を発見したとの記事がありました。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110822-00000003-khks-ent
 平川氏は4月、津波の痕跡高調査で大谷海岸を訪れた際、切り立った崖に津波で運ばれた海岸の石などの堆積物の層を発見した。
 湿った黒土層や泥炭層が重なる幅約7メートル、高さ約2.5メートルの範囲に、6層の津波堆積物を確認。上から5層目の下に5400年前ごろの十和田火山噴火による火山灰の層があり、火山灰の下の6層目の痕跡を約6000年前と推定した。
 見つかった土器の年代から、3層目は約2000年前の津波による堆積物と特定。津波堆積物の間の黒土層の厚さを基に、平川氏は最も上の層は1611年の慶長三陸津波、2層目は貞観地震津波と推測する。 十和田火山は915年にも噴火しており、2層目より上にこの火山灰が確認されれば、2層目は貞観地震津波の可能性が高くなる。目視では火山灰と思われる物質があったという。
 岩手県宮古市田老の標高約17メートルの谷底でも、過去の津波堆積物を調査。まだ年代の決め手はないが、津波堆積物の一つは貞観地震津波の可能性もあるという。

 平川先生は、このほかにも津波堆積物の研究をされており、伊豆半島の南端で安政東海地震時の津波堆積物の痕跡と思しき堆積物の調査もされています。

 伊豆半島南端の入間に伝承された1854年安政東海地震による津波堆積物の掘削調査,歴史地震 (24), 1-6, 2009
 http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/rzisin/kaishi_24/HE24_001_006_01Fujiwara.pdf

 平川先生は、気候地形学の大家でもあり、私は学生時代にどちらかといえば氷河地形・週氷河地形で平川先生の論文を読み、勉強していました。私たちが「災害」と呼んだり「恩恵」と呼んだりしている自然現象は、第四期の気候変動・地殻変動の賜物なのですが、時間軸が人間のライフサイクル(何より防災に関わる予算のサイクル)を大きく超えているので、なかなか防災対策・土木工学に生かされなかった側面はあると思います。東日本大震災を契機に、この自然観のギャップを小さくしなければならないのでしょう。

2011年8月20日土曜日

災害科学と科学コミュニケーション

 先日応用地質学会誌とともに届いたJGLに、東大地震研究所の大木先生の記事がありました。最近、私たちも斜面の問題、谷埋め盛土の地滑りに関することなど、地域住民の方から問い合わせを受けることが多くなりました。そのたびに専門用語の問題や、自然現象を過不足なくイメージしてもらうようにどうすればよいかなど、迷うこともあります。 
 大木先生は、科学者として改善すべき点、として、以下のように述べられています。

 科学の世界が「目安」として出した情報が、外に出た瞬間に「科学的根拠」と認識される。進行中の科学の分野においては、研究成果から得られる情報は常に曖昧さを含む。社会の構成員が科学と対峙するときに真に必要となるのは、あいまいな情報から各自が判断をする力である。

 地震予知のみならず、私がよく関わる斜面の土砂災害の問題においても、常に曖昧さは付きまとっています。そもそも地形図の等高線にしても、いわゆる”えいやッ”を連発しながらつくるものです。ましてや地質図や地形分類図は、斉一観、自然観を総動員して作成するものなので、定量≒科学とイメージしている人には、なかなか存在意義を伝えにくい、残念ながら概要図以上の扱いを受けないことも少なくありません。
 これらのことは、ハザードマップを作る立場になれば実感できると思うのですが、なかなかそうは行かないようです。地形・地質に関わる専門家は、かつての津波堆積物や深層崩壊に起因する土石流堆積物の分布をつぶさに記載しても、それは何万年と繰り返されてきた地形変化、自然現象の”一断面”でしかない、という謙虚な気持ちを持っていると思います。しかし、「基準」「根拠」を求められたとき、形にならない部分をどのように発信するのか、いつも考え続けていると思います。

2011年8月19日金曜日

応用地質学会原稿

これは今年の4月29日に撮影した写真です。応用地質学会では、なぜここに限って電柱が傾いているのか、いまの地図からはわからない事実について考察したことを発表します。

2011年8月18日木曜日

土層強度検査棒(土検棒)

 ㈱環境地質と太田ジオリサーチは、(独)土木研究所と「特許を受ける権利実施許諾契約」を締結し、土層強度検査棒の製造・販売を開始します。

 環境地質 http://www.kankyo-c.com/dokenbou/doukenbou.html
 太田ジオリサーチ http://www.ohta-geo.co.jp/dokenbou/dokenbou.html

 "棒”というアナログな響きですが、土層強度(c,φ)を求めることが出来ます。なにより”歩きまわる”ことと"計測”することを両立できるので、面的調査ができます。この斜面やばいんじゃないか、と思いつつ、ボーリングしていたら日が暮れた、ってなことはコレを使えば解決できます。

2011年8月17日水曜日

鉄根打設工法

”鉄の根っこ”で樹木を切らずに表土を保全。施工が早く、経済的で環境負荷も少ない斜面表層の安定工法!!

http://www.kankyo-c.com/tekkon/tekkon.html

はっきりいってすごく速い。表層崩壊対策なら効果があります。土層強度検査棒とセットで。

2011年8月16日火曜日

防災格言193

『 津波は、並の足では逃げ切れない。遠方に白い波頭が見えた時が逃げ出す最後のチャンス。 』
阿部 勝征(1944~ / 地震学者 東京大学名誉教授 東海地震判定会会長) 阿部勝征教授は、地震規模を示すマグニチュードと同様 に津波の高さから津波の規模を示す「津波マグニチュード(Mt)」を考案し た津波地震の専門家。

津波は、水深が深いほど速く、水深5,000mだと時速800km/hとジェット機並 み。海岸に近づくと、速度が鈍るかわりに、勢力がしぼられて波高が急に高 くなる。それでも水深200mで時速160km/hはある。陸に上がっても毎秒数メ ートル。並の足では逃げ切れない。遠方に白い波頭が見えた時が逃げ出す最 後のチャンス。 津波は国際的にも「tsunami」で、日本は津波常襲国。瀬戸内沿岸以外、ど こも津波に襲われる危険性がある。

2011年8月15日月曜日

防災格言192

格言は、京都府舞鶴市で51.9m/sの最大瞬間風速を記録し九州から関東にかけ死傷者580名を出した「平成16年 台風23号」から5年目となる2009(平成21)年10月20日~24日に両丹日日新聞で特集された「台風23号から5年」記事より。

曰く―――ゲリラ豪雨などの時は急激に水が増え、避難所に行くには危険な場合がある。

避難所まで逃げられない場合、近くの3階建ての家などに逃げるのは有効で、どこにそうした家があるかを知っておくこと、また高齢者や体の不自由な人らを助け出すため、情報を共有することが大切。高い場所にある家などに逃げられるような取り決めや、高齢者らを手分けして助け出すということを今後話し合い、マニュアル化していくことが必要です。一番の基本は、地域の中での取り組みも大事だが、災害時に家族の間でどうするかを日ごろから相談しておくこと。水害の場合、突然襲ってくる地震と比べ、まだ避難したり、家財を片付けたりする余裕があるが、油断は禁物。近年の雨の降り方を見ると、これで大丈夫ということは言えない。

2011年8月14日日曜日

防災格言190

小松左京(こまつ さきょう)氏は、星新一・筒井康隆と共に「SF御三家」と呼ばれる日本SF界を代表する小説家の一人。京都大学文学部を卒業後、1961(昭和36)年、月刊誌「SFマガジン」に掲載の「地には平和を」、翌1962(昭和37)年「易仙逃里記」で作家デビュー。

1973(昭和48)年、大規模な地殻変動により日本列島が水没するという設定の「日本沈没」を発表。400万部を超える大ベストセラーとなり、日本推理作家協会賞を受賞したのをはじめ映画やテレビドラマ化もされ一大センセーションを巻き起こした。主な代表作に「復活の日(1964年)」「さよならジュピター(1983年)」「首都消失(1985年)」など多数。

格言は阪神淡路震災直後に発売された文庫版漫画「日本沈没(原作:小松左京 / 劇画:さいとう・プロ 講談社漫画文庫 1995年5月刊)第1巻」のあとがき「阪神大震災に遭遇して」より。1995(平成7)年、大阪府箕面市にある自宅の二階で就寝中に阪神淡路震災を体験したときの状況を語っている。

『 ドーン、ドーンという激しい縦揺れに襲われて、目を覚まし起き上がろうとしたのですが、今度は横揺れで起き上がれない。揺れていたのは30秒くらいでしょうか。でもこういう時は実際より長く感じますからね。やっとのことで部屋を出ると応接では本棚二つとビデオラック、飾り棚などが倒れ、割れたガラスが飛び散っていました。 建築にコンピューターが導入されてからできたものの思いもかけぬもろさに驚き、火事がすごい勢いで広がっていく映像を見ながら、すぐ消火ができない都市の機能のおそまつさも意外でした。』と述懐。

2011年8月13日土曜日

防災格言186

橘 南谿(1753~1805 / 江戸時代の医師 朝廷医官 『東西遊記』の著者)伊勢(三重県久居市)出身の橘 南谿(たちばな なんけい / 本名:宮川春暉(はるあきら)字は恵風 号は梅仙)は江戸時代中後期に活躍した医師。19歳で医学を志し上京。臨床医としての見聞を広める医学修業のため諸国を歴遊し、後に紀行文『東西遊記』を刊行した。

この格言は、寛政7(1795)年の著書『西遊記』(参考:上田万年抄本「東西遊記(大正14(1925)年)」)より。南谿が、熊野古道の海辺にある長島(三重県紀伊長島)へ行った際、禅寺「佛光寺」に立ち寄り「津浪流死塔」と題す碑文を見つけた。宝永4(1707)年の宝永地震(M8.4 東海・南海・東南海地震が同時発生し死者2万人以上)で建てられた碑文であった。

自ら近隣を巡り津波のことを尋ね歩き、付近の地理を考えて、津波について自論を述べたもの。曰く『 長島の町家近在皆々潮溢れ、流死の者おびただし。以後大地震の時は、其の心得して山上へもにげ登るべきやうとの文なり。いと實體(実体)にて殊勝のものなり。誠に此の碑の如きは、後世を救ふべき仁慈有益の碑といふべし。諸国にて碑をも多くみつれども、長島の碑の如きは、めづらしくいと殊勝に覚えき。 』と所感を述べている。

2011年8月12日金曜日

気候変動とエネルギー問題

気候変動とエネルギー問題 - CO2温暖化論争を超えて

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2011/07/102120.html

 整然として明解な主張が並ぶ読みやすい本です。本の帯には「時間がない」と切迫した文言が掲載されています。裏表紙の帯には

「震災復興が急がれる今、莫大な国費を根拠薄弱なCO2削減策のために浪費することは許されない」

 とあります。地質学や古気候学、エネルギー技術の最前線の知見が分かりやすく説明されています。 このような分野に関しては、武田邦彦先生がTVにもよく出演されることで有名ですが、この本の著者、深井先生も、武田先生同様材料工学が専門です。

2011年8月11日木曜日

防災格言120

防波堤があろうがなかろうが、自分の命は自分で守る意識が大切だ。 』山下 文男(1924~ / 作家 津波災害史家 代表作「津波ものがたり」)

山下文男(やました ふみお)氏は岩手県三陸海岸生まれの作家。1896(明治29)年の明治三陸地震津波(死者・行方不明者21,959人)では、山下氏の一族8人が溺死しており、自らも少年時代に津波や昭和東北大凶作(1930~34年)を体験した。1986(昭和61)年から歴史地震研究会の会員として津波防災の活動に従事されている。

格言は、明治三陸大津波から百年追悼式典(岩手県田老町で1996(平成8)年開催)に出席したときの言葉より。―――この式典の約4ヶ月前(2月17日)に発生したニューギニア沖地震(M8.2)で太平洋沿岸に津波警報が発令された。ところが三陸沿岸の住民の96%が避難勧告を知りながら「我が家だけは安全だと思った」という理由から、実際に避難した人はわずか19%だけだった。高さ10mの防波堤があるからといって安心してはいけない、と警鐘を鳴らしたもの。

2011年8月10日水曜日

ゲリラ豪雨とは何か

 このブログでも何度か書いている"ゲリラ豪雨”ですが、牛山先生が”業を煮やした”ような形で論文を書いておられました。

牛山先生のツイッターより
 従来からあった現象を,「全く新しい特殊現象」のように扱うのはおかしいと,私も思います.「ゲリラ豪雨」すら不明確なので,「ゲリラ豪雨と災害の関係について」という論文を書いてみました
http://disaster-i.net/notes/20110308_0085.pdf

 私も思っていたのですが"ゲリラ豪雨”というテクニカルタームはないのだそうです。マスコミには2008年から突如として出てきた、それこそゲリラ的に出てきたような印象です。この論文の図ー3で見てわかるように、時間80㎜、日雨量200㎜を超えるような豪雨は30年以上前から何回もあるのです。
 この論文の主たるメッセージは最後の方にあって、「ゲリラ豪雨」という降雨現象そのものは,小倉が言うように「不意に襲って」くるかもしれない.しかし,その現象によって生じる被害は,予想もつかないような場所で生じるのではなく,ハザードマップなどからも読み取りが可能なリスクの高い場所で生じると考えられる。

 というところです。津波にしろ"夕立”にしろ、安全は場所で確保されるということです。

2011年8月9日火曜日

技術士夜話

 社長がブログをはじめました。
 
 技術士夜話 http://gijutsushiyawa.blogspot.com/

 良い意味で脱力感のある、暖かい語り口調です。社長曰く、「企業内技術者には、自分は高度な専門職である、地域社会に貢献すべき立場、職種である」という自覚が足りない。だから、技術士は動あるべきかを語っていきたい。まずは最初だから、ソフトな口調にしたが、そのうち厳しいことも書いていく。とのことでした。
 技術士は”公共事業の元請”にとっては最初に書類で問われる必須の資格です。”エンドユーザーからの元請”という意味では、世の中の人が技術士という資格を知らないこともあり、最初から必須要件として書類にこそ書いてありません。しかし、本当に技術士・技術者のステイタスを高め、私たちの生活を支える必須の資格となるためには、エンドユーザーからの元請”を地道に増やしていくほかないのだろうと思います。

2011年8月8日月曜日

隆起が始まった東日本

 昨日各新聞に、宮城県を中心に地盤の隆起が始まったという記事が掲載されていました。

 震災で沈下した地域の一部隆起 宮城・牡鹿半島8センチ
 http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106130484.html

 これまでは石巻市などで地盤沈下に伴い、満潮時には海水が遡上して生活に支障が出ていることが話題になっていました。おそらく十数年から数十年、すなわちいまそこで生活されている方が現役の間に地盤は隆起してくることになります。そうすると排水系統が問題になってきます。いま、ハードな対策をしておくと、将来的には地形が隆起してきますから管が逆勾配、排水逆流という事態を招きかねません。これまで、土木工学と地質の時間スケールの違いに戸惑いを感じましたが、中長期的で柔軟な対策が必要になってきます。

2011年8月7日日曜日

CO2はどこへ?

 武田先生のブログを読んでいて思い出しましたが、CO2と地球温暖化の議論が鳴りを潜めたように思います。鳴りを潜めたというよりは、放射能の議論取って代わられたといったところでしょう。放射能は実害・健康被害をもたらすのに対して、CO2が増えると一体何がもたらされるのか、あまり具体性のないイメージばかりが先行していた感もあります。だからといって、議論をしないという思考停滞もよくないので、大変な時期ではありますが、科学的・論理的な自然観を醸成していかねばならない時期でもあるのでしょう。

2011年8月6日土曜日

7月12日の高知県の崩壊

国際航業のサイトに、今年7月に高知県で発生した大規模な土石流の航空写真が掲載されていました。

【速報】平成23年7月 高知県東部・平鍋地区付近の土砂災害
http://www.kk-grp.jp/csr/disaster/201107_kochi/index.html

驚いたのは崩壊というより土石流の規模です。5mスタッフを持った技術者の方が小さく見えます。バイオントダムの悲劇さえ思い起こさせる規模。ダム津波も発生したとのこと。確かこの地域では、7年前の2004年にも大規模な崩壊が発生しましたし、なにより加奈木崩れも近くにありますので崩壊については”さもありなん”ですが、谷全体が流動化したのはどういうメカニズムか興味があります。
また、加奈木崩れで思い出しましたが、加奈木崩れ堆積物のC14年代が測定されていました。

http://www.jstage.jst.go.jp/article/jls/44/3/185/_pdf/-char/ja/

地味ですが、こういった地質学的知見から豪雨や地震、土石流の発生頻度を明らかにしていって”想定の範囲”を広げていく活動も必要です。

2011年8月5日金曜日

手計算

 あるひとが、携帯電話のほうがパソコンより漢字変換しにくいという話をしました。どうもその方は、携帯電話が出始めた1995年ころに携帯を購入し、なんといまの携帯が2台(代)目。なかなか珍しいとおもいますし、よく話すのですがかなりアナログな方です。
 ただ一緒に地質踏査をしていると、その空間把握能力に驚かされ、そしてスケッチと言葉のシンプルさに驚かされます。ただ言葉についてはもう少し語ってほしい。スケッチひとつとっても、パッとみたまま書けばいいといわれるのですが、今岡さんの言葉を借りると

現場から読み取れる無数で多様な情報源から、経験と直観力によってノイズ(調査目的に対して無用なデータ)を削ぎ落とし、抽出したシグナルのみを、非専門の人々にも「見える化」する。その作業が現場の技術者の脳内で瞬時になされる

このスピードと処理能力がすごく高度で速いんだと思います。
その能力はPCを超えており、安定計算を手計算でされた経験も豊富なので、下手な二次元解析より、その人の直感(観)が上回るわけです。数値化されたものでしか評価できない(私も含め)現代社会には、まず及ばない芸当です。

2011年8月4日木曜日

地理学科あるある

 私も地理学科ですが、もう最高に面白いサイトを見つけました。

 地理学科あるある http://twitter.com/#!/search?q=%23地理学科あるある

 ・どんなに僻地でも絶対に酒屋があることを知っている
 ・ジュビロ磐田の那須大亮選手が地理学科出身(しかも母校の後輩)と聞いて、引退後はうちの会社に来ないかな、などと妄想する。
 ・気づいたら地理学じゃない気がする。
 ・住宅地図が読めても地形図が読めても迷うものは迷う。実際歩くのは別
 ・露頭で記念写真のふりをして彼女をスケール替わりにする。
 ・デート中についつい露頭を見てしまい、「私と地層のどっちが大事なの!」と彼女に怒られる。

2011年8月3日水曜日

科学的であるということは

 東大地震研究所の大木先生が興味深い講演をされていました

 科学は「解明途上」周知を
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/accident/520593/
 そもそも科学・技術に関する学問は、仮説を立て実験などで検証することで事実を積み上げていく。でも、地震学では実験ができない。シミュレーションで何通りもの予測を立てたとしても、本物の地震が起きないと証明すらできない。しかも大きな地震ほど頻度が少なく、ときには数万年に1度という低頻度になるという問題を常にはらんでいる。これまでの地震の科学は、あまりにも物理や数学に偏っていた。あるいはスーパーコンピューターに頼っていた。地震学の知見を本当に防災に生かすのであれば、古代の地震を記録した古文書を分析する歴史学や、大地に残された歴史を調査している地質学との連携を進めるべきだった。

 これは、シミュレーションで何通りもの予測を立てたとしても、、、の部分は、いわゆる”深層崩壊”にも当てはまります(私は、深層崩壊という言葉がいまひとつしっくりきていない、鈴木先生の言葉を借りると形態用語的です)。七面山崩壊は安政東海地震で発生したと考えられていたのが、古文書の精査で少なくとも鎌倉時代には、大規模な崩壊地として存在していたことが解明されました。
 下山先生の見解にもあるように、科学的であることは定量的であることを意味しないということでしょうか。防災とはもとより学際的な分野ですから、定性的な知見も重視されるべきでしょう。

2011年8月2日火曜日

そこでおきた地震

 8月1日(月)午後11時58分頃、駿河湾で発生した地震の震源域周辺の電子基準点で観測されたデータを解析した結果(8月3日午前6時までのデータを使用)、データのばらつき具合に比べ、現時点ではこの地震に伴う有意な地殻変動は検出されていません。
 http://www.gsi.go.jp/chibankansi/chikakukansi_surugawan20110801.html

 これは地理院の発表です。2000年代に多発した内陸地震は、多くは”目立たないリニアメント”でした(鳥取、中越、福岡、能登、中越沖、岩手・宮城内陸)、、、でも今度ばかりは大本命の場所です。科学的事実として東海地震の前震ではないにしても、防災は心理学の側面も強いですから不気味です。ボスが手ぐすね引いて待っていそうです。

2011年8月1日月曜日

土地条件図「更新版」- しかし、、、

 国土地理院が土地条件図の更新版を発表しました。

 http://www.gsi.go.jp/bousaichiri/lc_index.html
 http://www.gsi.go.jp/bousaichiri/bousaichiri60012.html
 大規模な地震が発生した場合には、高い盛土での地盤の崩壊や、旧河道・埋立地での液状化等により、大きな被害が生ずるおそれがあります。そのため、国土地理院は、東京都と神奈川県周辺を対象に、防災対策や土地利用・土地保全・地域開発等の計画策定に必要な基礎資料として、昭和30年代から整備してきた土地条件図に含まれる人工地形(盛土地、平坦化地など)の情報を更新し、8月1日から提供を開始します。およそ30年前に比べ、東京都・神奈川県の「高い盛土地」は、約90㎢(山手線内側の約1.4倍)増加しています。

 実際に土地条件図をみてみると「まっピンク」。特に平野部はピンク色に塗りつぶされている。これでは旧河道や後背湿地、台地上の浅い凹地の切盛境界など、本当にクリティカルな部分を読み取ることが出来ません。家を建てるときは少なからず盛土をしますから、そりゃ盛土は増えるわけです。もともと土地条件図は人工地形と自然地形を同じ紙のひとつのレイヤーにまとめてしまっているので分かりにくかったのですが、開発前の地形の原点が見えるような情報図としてほしかった。

2011年7月31日日曜日

理論や計算ではどうしてもでてこない

砂防特論より

山津波や土石流のことはごく大略の定性的なことが判っているだけで、殆どなにも判らないのが実情であろう。山津波や土石流のことは理論や計算ではどうしても出てこないので、なにか実験的な研究をやらなければならないと思っているが(略)そういった実験が始まった報告はない【伊吹正紀:砂防特論】

いまはGISと計算で、一応の答えはでるように成ってます。でもそれは、あくまで一応です。土石流にも形成されるに至る歴史、土地条件、地質条件、ふたつとして同じ現場はありません。

2011年7月30日土曜日

7年前の豪雨と地震

 新潟県の豪雨といえば、7年前の豪雨災害が思い出されます。7年前といえば、中越地震のあった年です。そして、西日本を中心に豪雨災害が多発し、”いまで言う深層崩壊”も多かった。ですから、応用地質学会誌でも、豪雨災害と中越地震の特集号、地すべり学会では2004年の土砂移動として特集号も組まれました。特徴的だったのは「複合的」いう言葉が使われたころです。豪雨の後、地山がとてもウェットだったために、大規模な地すべりが多発する素因となったという見方です。
 でも、少し調べてみると、アメダス栃尾では2004年7月13日に421mm、最大時間雨量62mm、地震3日前の10/20に日雨量92㎜、最大時間雨量10㎜ですね。そのあと日雨量で14mm, 2mm、地震当日6mmですから、”直前の雨”はそうでもなかったのですね。牛山先生は、最近豪雨が多発する傾向にある”ある種のイメージ”があるとおっしゃってますが、ちょっと近いものを感じます。

2011年7月29日金曜日

地形と地形種

 地形学、地形分類の第一人者、鈴木隆介先生の講演(於:土木学会)のPPTがあります。

斜面の地形工学的見方 http://www.jsce.or.jp/committee/jiban/slope/080314/suzuki.pdf
 そのなかで、地形のプロの見方は地形種(Geomorphic species)で、アマの見方は地形(Landform) :日常用語固体地球の表面の起伏形態:成因を問わない形態用語であると説明されています。天気予報などでも、雨で地盤が緩んでいます、とはいうものの「プロ」と「アマ」の見方を区別して考え、伝えらえられるようになると、地中でなにが起こるので崖が崩れるのか、それこそ単なる”崖”ではなく、鈴木先生の地形種まで一般に理解されるようになると防災産業も展開しやすくなるのでしょうか。

2011年7月28日木曜日

九世紀の地震と現代

 寒川旭氏の「地震の日本史」の増補部に、平安時代に発生した貞観地震とその前後の地殻変動についてまとめられています。本の帯にも書かれているように、「東北巨大地震の18年後に南海大地震が起きて」いますし、富士山が青木が原樹海を形成する噴火もしています。前にも書きましたが、富士山が噴火することを真に受けられる人がどれだけいるか、、、
 平安時代といえば、現代と共通するのは温暖化です。90年代以降を「平成の温暖期」なんて言葉で形容するのかどうかは分かりませんが、科学性を別にすれば平安時代の方が、自然観が素直だったと思います。たしかに京都鴨川の段丘面が侵食され一段増えたというほどの豪雨期だったようなので、地学的スケールを心に持っておけば、昨今の豪雨も”さもありなん”として必要以上にうろたえずにすむかもしれません。

2011年7月27日水曜日

日本沈没 小松左京氏逝く

 恥ずかしながら本も読んでいないし、映画も見てません(2006年リメイク版は見ましたが)。うちの社長もショックを受けていましたし、太田さんも「地質屋の大恩人」と言われる方ですから、かなりの影響はあったのでしょう。初版が1973年といいますから私が2歳のときです。
 死都日本もいい作品ですが、社長いわく、ちょっと映画化など娯楽化するには真面目すぎるとのこと。リメイク版で見たかぎりでは、阿蘇山が大噴火しAso-5ともいうべきスーパーボルケイノになったり、中央構造線と糸静線が水没したり、、派手なことこの上ないのですが、地学へのとっつきという意味でよかったのだと思います。明日にでも書店に買いに行ってみます。

2011年7月26日火曜日

テレビ朝日 Jチャンネル

首都圏に水害の盲点 震災後の都会に迫る…"隠れ土砂災害”とは

という番組に、社長が出演します。”隠れ”ているのは、普段何気なく眼にしている風景(谷埋め盛土とか)のなかに、災害要因があるということだと捉えています。

2011年7月25日月曜日

世界一

 ワールドカップで優勝した”なでしこJAPAN”がひっぱりだこです。通常数百人だった観客も1万数千人にに膨れ上がったとか、、やはり世界一の効果はすごいものです。
 翻って地学はどうでしょうか。これまで”女子サッカー”のようにといっては語弊がありますが、マイナーであったように思います。ノーベル賞に地質学賞がないのは、そういった意味で”イタイ”。東日本大震災のように”悲劇”によって注目はされましたが、これから暮らしのあんしんに貢献するという意味で注目されるようにしたいものです。

2011年7月24日日曜日

大塚勉先生のご講演

 昨日は信州大学の大塚勉先生のご講演を聴きました。大塚先生は信州大学に20年以上勤められ、ご自分のことを「井の中の蛙」とご謙遜なさっておられましたが、松本盆地とその周辺の活断層の研究を精力的に進められています。講演のなかでも述べられましたが、複雑系の露頭・現場を読み解くというフィールド・ジオロジーの本懐を大事になさっていることは、何人もの門下生の明るい表情をみても分かりました。そのあとは飲んで飲んで、、、

2011年7月23日土曜日

1次の共通科目免除資格を見直すべきでは?

 Googleアラート「技術士」で届いた記事です。

 1次の共通科目免除資格を見直すべきでは?
 http://16611.webspace.ne.jp/rental/img_bbs2/bbs.php?pid=16611&mode=pr&parent_id=27651&mode2=tree

 私も「共通科目」が免除されないため連敗つづきです。なんせ高校時代文系だったものだから「数学」がとても厳しい。でも基礎科目や共通科目の基礎知識がしっかりしている人は、会話をしていると差を感じることもしばしばです。共通科目を全員必須にすると、合格率が激減しそうです。やはり更新性の方がよのでしょうか。といいつつ今日も数学の問題の前にあぶらあせ、、、、

2011年7月22日金曜日

街角の本屋さんで建築知識

 宅地の地盤防災について述べたような書籍は、これまでかなり大きな書店の専門書のコーナーにしかありませんでした。ところが、今日立ち寄った各駅停車しか止まらない小さな駅の脇にある書店で、建築知識8月号を見つけました。
 なんと「趣味の園芸」の横にありました。なるほど、実用書のコーナーにあったほうが、普通の人がてに取りやすいですね。

2011年7月21日木曜日

ぴあ - Video Killed the Radio Star

 以前太田さんのブログに、Video Killed the Radio Star という記事がありました。世の常として新しい時代に取って代わられるのですが、今日、ぴあの歴史が終わったんだそうです。バブル世代ど真ん中の私にとっては、一抹の寂しさがあります。情報誌であればどうしてもインターネットにはかなわなかったのでしょうが、限られた空間の紙媒体に情報を伝える創意工夫といった”考える楽しさ”が、誌面に満ち溢れていたのが魅力でした。東日本大震災が起こって、少しは"本質を見る、考える”世相が出てくるかと思いきや、相変わらず安いほうがいいの一点張り、、どこに良質な技術があるか、誰が有用な情報を持っているかさがす、まとめる楽しみはもうないのでしょうか。

2011年7月20日水曜日

天正地震と津波

 関西大学の河田先生が、山口県と福井県でも津波の可能性を指摘されています。

 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110726-OYT1T00968.htm
 河田教授は、〈1〉1586年の「天正大地震」の際、若狭湾沿岸が津波に襲われて多数の死者が出た〈2〉100年~150年周期で発生する巨大地震「南海地震」では、津波が山口県の瀬戸内海沿岸に到達することがある――などの最近の知見を紹介。「最悪のシナリオを考え、津波対策に万全を期す必要がある」と訴えた。

 天正地震といえば帰雲城崩壊がイメージされるのですが、地震動だけでなく斜面崩壊でも津波は起こりますので、史実のある地震を追求する意義は大きいでしょう。

2011年7月19日火曜日

地震の日本史

地震の日本史 増補版 大地は何を語るのか 寒川旭著
http://www.toyokeizai.net/life/review/detail/AC/20a4a11b5f03e482605ad08794a9d202/

平安時代初期の9世紀、日本全国で地震が相次いだ。東日本大震災に匹敵する869年の貞観地震。その少し前の864年から2年間、富士山の火山活動が活発になり、流れ出した溶岩が青木ヶ原を形成。そして、878年に相模湾付近が大地震に見舞われ、さらに887年には、南海トラフから仁和南海地震が発生し、大阪湾にも津波が押し寄せた。このときに、東海地震も同時に、あるいは連続して発生した可能性が高いという。

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社会・理科のうち、日本史を履修者は文系にかなり多く、地学は文系・理系とも相当に少ないのですが、両者の橋渡しとなるように本だと思います。

2011年7月18日月曜日

ストック型の社会は可能か

 以前このブログでも紹介した、藤田和夫先生の記事「震災を語る 自然観」では、「防災は貯蓄だ」と語られています。

 http://www.kobe-np.co.jp/sinsai/kataru/1999/990928-hujita.html
 防災は貯蓄だ、ということ。六甲にトンネルを通して淀川の水を運んでいるが、断層で切れたら供給が止まる。年に一つでも小学校の地下に貯水池を造っていくなど毎年の蓄積が大切だ。活断層の分布を知ることは大事だが、そこだけ対策を行えばいいのではない。活断層は地震環境を示す最もはっきりした指標であり、それを取り巻く地盤、建築構造に気配りすることが大切なのだ。

 東日本大震災では電気が不足しました。一般に貯めることが出来ないといわれている必需品です。それでなくでも日本には「諸行無常」という自然観があります。地震ではなくでも台風もあるし、大雪もある、、ゆくかわのながれは絶えずして、もとの水にあらずなのです。自然と調和する知恵という「無形物」を貯蓄しておかなければならなかったのか、、これほど高密度都市が発達した以上、自然と調和するだけでは無理なので、藤田先生のおっしゃるようにある程度のハードの貯蓄をして、リスクを分散させてかなければならないでしょう。そして、その「貯蔵庫」の安全は「場所」が第一なのです。盛土でもなければ活断層もなくて土砂災害の危険性もない、、、武蔵野段丘とか、、、諸行無常に永らくたえてきた場所は、それなりの土地の歴史を持っているはずです。

2011年7月17日日曜日

台風のルート

 大型の台風6号が見たことのないルートを通っています。これまでは、そのまま上陸して日本海に抜けるパターンで、豪雨災害を何度ももたらしてきました。ところが今度の台風は、四国沖でほぼ直角に東に向かいました。
 社長がひとこと「これは南海トラフわ相模湾のトラフをトレースするコースだ。台風によって海面が上昇する、つまり水圧が上昇したり、それがもどったりして、地殻の圧力まで変わってしまえば臨界状態にあるストレスが解放され、地震がおこるのではないか」うーん、、、、、、、、

2011年7月16日土曜日

富士山の噴火 - 想定できるか -

 建築知識8月号に、「都市でもあり得る?火山噴火の被害」というコラムが掲載されています(このコラムを書いたのはうちの社長ですが)。富士山噴火は、想定どころか冗談めかして語られることも多い状況にあります。かつて教科書で「富士山は休火山」と表記されていたことは、実に大きなある種の正常化バイアスをもたらしたと思います。
 意外な盲点として「降灰による荷重は雪より大きい」ということがあげられます。火山灰は10cm降り積もれば木造家屋は倒壊する恐れがあります。雪と違って溶けないから、荷重がボディブローのように効いてるのです。溶けないということは、災害廃棄物としての処理も実に厄介です。東日本大震災でやっと「災害廃棄物」という概念が定着しつつありますが、これをどこまで社会がイメージできているでしょうか。ソウテイガイはもうだめです。

2011年7月15日金曜日

建築知識 - 液状化・地すべり対策

 建築知識の8月号が配本されました。液状化・地すべり対策の特集号で、社長が谷埋め盛土の宅地破壊の解説などを書いています。私は他の仕事で忙しかったので直接は関わっておりませんでしたが、いつの間にか76ページに私の後姿が映っております。この写真が取られたときの調査も、家が傾き始めたのでみてくださいという依頼で、周囲を歩き回った結果、谷埋め盛土の境界部に家が立地していることを突き止めたのでした。
 付録のDVDは、浦安市の液状化の映像が収録されています。家が船になる、、スゴイ迫力です。今回の東日本大震災は、津波、液状化、放射能分布、貴重な情報は、市民の方が沢山持っていると思います。集約できたら、すごく有用なデータになると思います。

2011年7月14日木曜日

BCP

東日本大震災や三浦半島の地震発生の可能性があがったことなどを受けて、私が勤める会社でもBCP (business continuity plan)に取り組んでみようと話し合いを持ちました。震災や計画停電など、いろんなことを経験しましたので、活発な議論となりました。
 うちの会社の場合、人が経営資源でありほとんど全てですから、当社に現在あるのは緊急時の連絡網ぐらいです。それとて災害時に電話が不通になれば機能しないし、個別の対応についても、社長や上司の頭の中にある程度あっても人の記憶はあやふやなので、”紙にして”残しておこうということになりました。いわゆるISO的な書類というよりも、有事のときに”サッとみられる”ものを残しておこうということです。すぐに動ける人はだれで、どんな役割を担うのかイメージしておくこと、書類化=形骸化なので気をつけなければなりません。

2011年7月13日水曜日

三浦半島の活断層

三浦半島の活断層群の危険度が増したと発表され、にわかに脚光を浴びてきました。
でも実際は研究レベルでは1990年代に脚光を浴びていました。多分、「新編:日本の活断層」を編纂しているころに研究が重ねられ、また、バブル時期の宅地開発もありましたので、注目されたのではないかと推察します。

太田陽子(2000):三浦半島の活断層-完新世における活動史と問題点,第四紀研究 38(6), 479-488 http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=jaqua1957&cdvol=38&noissue=6&startpage=479&lang=ja&from=jnltoc

太田陽子(1992):三浦半島の活断層詳細図の試作,活断層研究 10, 9-26頁 http://ci.nii.ac.jp/naid/10004721370

太田陽子ほか(1990):三浦半島北武断層の完新世における活動期と変位様式に関する考察,
横浜国立大学理科紀要. 第二類, 生物学・地学 38, 83-95頁
http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/3040/1/KJ00004479098.pdf

渡辺満久(1990):新興住宅地を横切る活断層・三浦半島の例,活断層研究 8, 97-103頁
http://ci.nii.ac.jp/naid/10004302563

激烈なゆれもそうですが、もともと地すべりの発生しやすい地層であることや、戦前からの谷埋め盛土造成地も多いところなので、戦々恐々たる想いです。東日本大震災では埋立地の液状化だけでなく、内陸の液状化も注目されましたが、三浦半島も段丘や丘陵の谷地形が多い場所です。古地図をみておくのは必須です。

2011年7月12日火曜日

真夏の現場

 道路防災関連の仕事で、1週間ほど紀伊山地の地表・地質踏査をしておりました。激しい河川の侵食により、岩盤は緩んでトップリングを起こしています。斜面は"ゆるくても”40度あるし、節理面は70度以上の高角度受けで谷に向かっておじぎをしているので、手をかけても崩れるのでおっかないこと、、ようこんなところに道をつくったなあと思います。
 ただ、そんな険しい現場であるにも関わらず、山のてっぺんまで美しい杉の植林、、、日本人の律儀さと自然に対する畏怖を思い知らされます。水はとても清らかでしたので、思わず社長が、こんな日にこんな川で泳がないのはもったないと、作業服を脱いで泳ぎ始めるし(私も)。
 この美しい景色をもたらしたのも南海地震なんだよなあと現実的なことを思う一方で、井上陽水の少年時代を口ずさんでいるのでした。

2011年7月11日月曜日

21世紀のkey bed(3)

今年、私の勤める同業者に、自然地理を学んだ後輩が入ってきて、地震調査で活躍ぶり耳にしました。彼女もある意味私と同様に、時代の節目となる大震災直後に社会人になりましたので、地球科学をはじめ、いろんな分野でドラスティックな変革を目の当たりにして、貴重な体験をすると思います(もちろん私もですが)。文学部という背景もあって、地質調査・コンサルタント業界に技術職は出てこないのかとあきらめかけていましたが、このような活躍ぶりをみると、私の20年に少なからず意義があって、地理学教室の「知層」のなかに、明るい色のKey Bedをみつけた気持ちがしました。
 関西大学地理学教室の知層も、ますます厚みと価値を重ねていかれると思います。ひとりのOBとしても後輩の方々のKey Bedとなれるようにしたいものです。

2011年7月10日日曜日

内陸の液状化とあまり知られていない資料

 東日本大震災では内陸の液状化が話題になりましたが、研究レベルでは注目されていました。関東造盆地運動で形成された低地のど真ん中であり、荒川や利根川の河道変遷も地理学の分野などで研究されていたのです。

土地分類基本調査『久喜市・松江市周辺』平成4年3月
http://tochi.mlit.go.jp/tockok/tochimizu/F6/MAP/609001.jpg
自然堤防の描写がちょっと"不自然”なところがありますが、旧河道など全体的な描写は精密でいい資料だと思います

報告書 http://tochi.mlit.go.jp/tockok/tochimizu/F6/MAP/609099.pdf

 平成の省庁再編で国土庁が国土交通省に組み込まれたため、実に目立たない資料となりました。でも精度が高い資料は沢山あります。

2011年7月9日土曜日

21世紀のkey bed(2)

 就職してから数年は、活断層関連の仕事に従事しました。折しも情報技術が飛躍的に伸びる時代でもあり、物理探査・地震探査技術を用いた研究や、地球科学的視点からの活断層研究も発展していきました。そのなかで、活断層は地表に明確な崖・リニアメントを残すとは限らない、むしろ、地殻のストレスの通り道としての結果であって、地表に出なくても活断層が潜んでいるという考え方に発展していきました。ですから、空中写真判読にあたっても、地下数十km以上に潜む活断層までを考える、高度な空間思考が求められるようになりました。2000年代半ばからは、レーザー測量という画期的で超高精度の測量手法の台頭により、学生時代から手がけてきた地形分類も新境地に入っています。

 ただ、ここ十数年は、自然災害はもとより「経済災害」とも言うべき不況風強烈な時代でもありました。私が4回生のときが元年と言われた「就職氷河期」も厳しさを増していると聞いています。歴史を紐解くと、大地震や火山噴火の直後は経済活動がますます疲弊する傾向があります。
さらに「情報洪水」もとても厄介な「災害要因」です。圧倒的かつ玉石混交な情報が絶えずあふれているだけに、その情報を分析し価値あるものを抽出すること自体が仕事になってしまいました。また、コンピュータ・シミュレーションの多用により、scientific であるということは、「数値化すること、計算すること」という認識ができあがってしまっています。先に書いた経済災害と情報洪水に、我が強く不器用な私は何度か振り回されました。 しかし、ここまでなんとか踏みとどまっていられたのは、地理学教室で受けた薫陶がベースになっていたのだろうと、感謝しています。やはり、自然現象でも社会現象、歴史の断面でも、その現場を歩き、定性的なモデリングを構築する。机上の空論ならぬ「地上の正論」は、地理学の本懐であると思うのです。

2011年7月8日金曜日

21世紀のkey bed

母校の同人誌に寄せた文章を、数回に分けて連載します。

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 2011年は自分にとって大きな節目となるという想いがいくつかつのり、千里地理通信に思いを馳せることになりました。その想いに至った背景には、もちろん東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)があります。日本の地形がどのように形成されたか、防災に対する考え方がどうあるべきか、これから様々なことが見えてくるでしょう。また、バブル世代の私は、モノがない、電気がないという事態がおこるなど考えもしなかった。地球科学的にも社会情勢的にも、日本の21世紀は実質的に2011年3月11日にはじまったのではないかと思えたほどでした。
 私が大学に入学した頃、図書館の新着コーナーに「新編:日本の活断層」がありました。卒論を提出した3日後の朝、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生しました。そして、地理学教室の門戸をたたいてちょうど20年目の今年、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生しました。むしろ2000年から2001年に変わったときには驚くほど変化がなかった。

 私は今でこそ地形解析や地質調査の仕事に携わっていますが、その興味の原点は、自然科学や地球科学的なものではありませんでした。
 はじめて受けた地理学の講義で、地理学が多彩であること、現地で考えることが基本であることなどを学びました。一般教養「人文地理」の講義で、「地図は悪夢を知っていた」という伊勢湾台風の被害と地形との関係を学んだ時、“ああ、これだ”と膝をポンとたたく想いがしました。これはライフワークにできると。地図帳や地球儀を眺めていると時間を忘れる少年でしたので、自分で調べ得た情報や考えを地図に表現することで“飯が食える”と。

2011年7月7日木曜日

床地図

 防災科学技術研究所の井口さんから、床地図のサンプルを送ってもらいました。家庭の床くらいかなあと思っていたらこれは大きい。学校教育で体育館などに広げて、改めて日本がどのような環境にあるか、自分の故郷がどのような場所にあるか、文字通り体感することも面白いでしょう。僕が子供のころにこれがあったら、はしゃぎまわっていたと思います。
 私が阪神・淡路大震災のとき冷静でいられたのは、地形発達史を地図をなぞりながら考えていたことが大きい。地形学や地質学を学んでいる仲間も、東日本大震災のとき、やはり冷静でした。”正しく恐れる”ことができていたのだと思います。

 「学ぶ」ことと「楽しむ」ことはイコールがいいので、この床地図はもっと普及させる価値があると言っていいでしょう。

2011年7月6日水曜日

防災格言より-地震の巣

 格言は著書『新・地震の話(岩波新書 1967年)』より。


 最近、耳にする機会も多い「地震の巣」という言葉は、坪井忠二教授が初めて提唱した言葉(造語)である。曰く―――『 地震の震源のかたまりというのは、いわば都市みたいなものである。かたまりがあって、そして、その間にはすき間もある。さて、この震源のかたまりに何という名前をつけたらよいであろうか。いろいろ考えてみたのだが、けっきょく地震の巣というのがいちばん適切なようである。病気に病巣ということばがあるが、あの巣である。
 地震の巣という新しいことばを発明して、それを使うことにするならば、日本における震源の分布は次のようにいいあらわしてよい。東北では地震の巣は大きく厚く、三十-四十キロメートル程度の深さをてっぺんとして、もっと下の方にまでひろがっている。これに対して西南では、地震の巣は小さく、地表から三十-四十キロメートル程度の深さのところまでに納まってしまっている。

2011年7月5日火曜日

地盤今昔マップ

 埼玉大学の谷先生(地理学)の研究室HPでは、時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ」がダウンロードできます。

 http://ktgis.net/kjmap/
 
 首都圏、京阪神、名古屋圏の全地形図が収録されています。東日本大震災以降、住まい選びに関して地盤への興味が急速に高まっています。ここに、プロの「解釈」が必要と感じました。膨大な作業量になりますが、このムードを一過性のブームにさせないためにも、大きな企画を考えています。

2011年7月4日月曜日

防災格言 - 脇水鉄五郎

脇水鉄五郎(1867~1942 / 地質・土壌学者 東京帝大教授 日本地質学会会長)美濃(岐阜県)出身の脇水鉄五郎(わきみず てつごろう)は、明治から昭和にかけて活躍された地質・土壌学者。オーストリアに留学後、大正6(1917)年、東京帝大教授となり、日本の森林土壌学の基礎を築いた。退官後は各地の史跡名勝や天然記念物を調査。ハンマー1つを手に持ち、精力的に全国の山々を調査し、一週間ほどで論文を完成させたという逸話も残す。書家の岩越雪峰(いわこし せつほう / 1869~1949)は実弟。この格言は「山地の崩壊に就て(地学雑誌第二四年第二八二 1913年)」緒言より。曰く――――大雨に伴い発生する山地の崩壊は、森林を荒廃し、下流には大水害を及ぼす。その損害は測るべからざるものあり。として、治水の必要性を訴えている。

2011年7月3日日曜日

防災格言より

同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。

こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の一万数千日の終りの日が忍びやかに近づくのである。これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。

科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。

2011年7月2日土曜日

すきまをつく地震 防災格言

曰く―――『 地震の震源のかたまりというのは、いわば都市みたいなものである。かたまりがあって、そして、その間にはすき間もある。さて、この震源のかたまりに何という名前をつけたらよいであろうか。いろいろ考えてみたのだが、けっきょく地震の巣というのがいちばん適切なようである。病気に病巣ということばがあるが、あの巣である。地震の巣という新しいことばを発明して、それを使うことにするならば、日本における震源の分布は次のようにいいあらわしてよい。東北では地震の巣は大きく厚く、三十-四十キロメートル程度の深さをてっぺんとして、もっと下の方にまでひろがっている。これに対して西南では、地震の巣は小さく、地表から三十-四十キロメートル程度の深さのところまでに納まってしまっている。』

2011年7月1日金曜日

防災格言

萩原 尊禮(1908~1999 / 地震学者 地震予知連名誉会長 東大名誉教授)
萩原尊禮(はぎわら たかひろ)氏は、日本の地震予知研究政策の生みの親の一人。東大地震研究所教授時代の1962年、気象庁長官の和達清夫(わだちきよお)氏と東大教授の坪井忠二(つぼいちゅうじ)氏らと共に「地震予知の現状とその推進計画」を提言。これが1965~1998年まで続く日本政府の地震予知計画(第1次~第7次)の基本指針となった。1977年に東海地震の判定会(地震防災対策強化地域判定会)が発足すると初代判定会長に就任。「地震警報を出しても、地震対策が十分とられていなければ、いたずらに混乱を起こすだけで益がない。ただ、地震による大被害を防ぐためにも、前兆現象の見逃しだけは許されない。」と会長就任の会見で強い決意を述べられた。

2011年6月29日水曜日

書類で災害は防げない

 神奈川新聞に衝撃的な内容の本が紹介されていました。

 キャリア妨害 ある公立大学のキャリア支援室での経験
 http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4862234836/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1
 以下、カスタマーレビューから引用。パンや飲み物にも見積書がないと購入できない。膨大な起案、ハンコ、手待ち時間、ミスを恐れる事なかれ主義であり、あらゆる新しい試みが不可解な理由により反対されてしまう

 防災の分野でも似たような部分があります。がけ崩れや土石流の防災にしても、書類の山、安定解析の数字合わせ、、医学では当然の、悪い部分に集中治療、投資するという原理が成り立たない。東日本大震災の対応の”隔靴掻痒”ぶりもしかり。これはやはり、民需の低さ(競争原理のなさ)ともいえるでしょう。でも、この3.11に生じた価値観の変化を我々技術者が見逃さないようにしなければいけないのでしょう。

2011年6月28日火曜日

今日九州で発生した地震

 今日の午後9時半ごろ、熊本県の北部で震度4の地震がありました。震源をみると、周囲の活断層のリニアメントの真ん中、ノーマークになりやすいところでした。

 http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kyushu-okinawa/p43_kumamoto.htm

 熊本県では、布田川・日奈久断層が最もリニアメントの目立つ断層で、実際に歴史地震も何度かあるようです。しかし、今回のように”一見目立たない場所”での活動は、不気味です。

2011年6月26日日曜日

ブランチブロック

 今日のTBSの番組で、ブランチブロック工法が紹介されていました。

 http://www.kikkouen.com/bbb/bb.html
 ブランチブロック工法の理念地表面の土が流失せずに地形が保たれているのは、植物の根によって土壌が緊縛されている、すなわちルートマットが形成されているためです。植物は空気・水・太陽光で光合成を行い、地球上全ての生命を育んできました。ブロンチブロック工法は天然素材の石を使用し、ブランチブロックによって石積を一体化させる土木構造物ですが、ヒントは植物のルートマット構造でした。従来の工法では、河川は周辺地下水系と繋がり育まれる生態系を護岸で分断します。擁壁は背面の山体の植物・昆虫・微生物などの生態系との空気・地下水の繋がりを阻害します。ブランチブロック工法は唯一、護岸や斜面の安定性と生態系保全を併せ持った工法なのです。

 先の「砂防特論」で、自然界の異常を直すのは自然そのものであり、植生の効果が大きいという話えをしましたが、それに通じるものがあります。造園の専門技術者の方が開発されたそうですが、自然の造詣を深く理解され、基準書ばかりにとらわれていたらできない発想でしょう。

2011年6月25日土曜日

宅地選びの価値

 週間ダイヤモンドが遂に「常識」という言葉で、地盤を知ることを取り上げました。内容的には、地名が語る、昔池や湿地であったところなど、”私たちが使う教科書”には基礎編で書かれていることですが、やっと一般的になってきました。”資産価値を左右する耐震補強とかかるカネ”という記事では、外壁の耐震補強が13~15万というところですから、簡単な調査と簡便な地盤対策工がこの範囲で収まるようになれば、ビジネスへの門戸が開けるでしょうか。

2011年6月24日金曜日

ざ、、ザ、、THE、、座長~

 社長から打診がありました。今年10月に行われる応用地質学会で、座長をやってみないか、、と、、いいのかなあ、応用地質学会誌には報告こそ1本あり、また研究小委員会にも8年ほど参加させて頂いてはいるものの、座長とはちょっと荷が重い。まあでも、二度とない?かもしれないのでやることにしました。

2011年6月19日日曜日

砂防特論メモ

病気を本当に治すのは注射や薬ではなくて身体それ自身であるように、荒廃渓としう自然界の異常を本当に治すのはわれわれの工事ではなくて、自然の力でありそれ自身であるということをいった。ところで、自然それ自身を治す力は、とりもなおさず「植生」の力なのであるから、我々は極力この力を有効に利用するように計画し、実施しまた管理していくのが得策である。
 土木工法一般としても案外この「植生」の力の世話になり、古来これをうまく利用してきたのであって、柳枝工、柳籠、挿柳、水防林、竹林等、、

2011年6月17日金曜日

砂防特論

 今日後輩から、以前このブログでも紹介した「砂防特論」ふが届きました。私もアマゾンで買おうとしたのですが、クリックの先を越されたようです。

 http://design-with-nature-simogawa.blogspot.com/2011/01/blog-post_14.html
 砂防とはその終局において”緑化”を目的とする

 古い本でしたので、スキャンするにも丁重に扱わないと壊れしまいそうです。それにしても、読みやすい本でした。昔の人は、現場に基づいてシンプルに、かつ熟考されているので、理解が深まります。

2011年6月16日木曜日

「出世」という言葉のイメージ

 こんなニュースがありました。

 新入社員の間で、“管理職志向”が強まっている
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110616-00000039-zdn_mkt-bus_all
 
 この春に就職した新入社員は、仕事に対しどのような考え方をしているのだろうか。将来の進路はどのような方向を望んでいますかと聞いたところ「管理職として部下を動かし、部門の業績向上の指揮を執る」という“管理職志向”が過去最高だった昨年から、さらに3.9ポイント上昇し48.1%であることが、産業能率大学の調査で分かった。
 「出世」という言葉を聞いて、どんなことをイメージする人が多いのだろうか。「努力・能力の証」(25.9%)と答えた人が最も多く、次いで「責任の増大」(24.0%)、「社会的なステイタスの向上」(19.6%)と続いた。昨年、一昨年は「責任の増大」「努力・能力の証」「所得の向上」の順だったが、1位が入れ替わった。

 この業界は特殊(公共事業調達に限っては)ですから、仕事の価格と自らの技量にあまり相関がありません。ですから、出世のイメージが違うことにもなるでしょう。私たち技術職は、スキルアップの結果としての出世というイメージでしょうか。

2011年6月13日月曜日

宮崎市の標高概要図

 意外と地盤の標高は気にしないものです。宮崎市が作成したマップは、色合いも分かりやすく、実用的だと思います。

 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/246710

 もちろん地形発達史や地盤条件を細かく見る必要がありますが、地盤への興味のもち始めとしてはよいのではないでしょうか。

2011年6月12日日曜日

地理教育の現実

 ツイッターから地理の授業を行っていない学校が多いという記事があって衝撃を受けました。地学がないことはもう周知のとおりですが、、日本地理学会の調査でも、イラクや宮崎県を知らない大学生が半数近くに上るのだとか、、、

 http://www.itochiri.jp/image/presen2998-72101.pdf

 これでは東日本大震災の本質など見るまでもない、、ちょっと暗い気分になりますね。宅地選びで地盤を理解することに眼が向いているようですが、その知識基盤を充実していないと効果半減。

2011年6月11日土曜日

もう一休み

 つゆの不安定な気候のせいで、不覚にも風を引いてしまいました。

2011年6月10日金曜日

大規模地すべりの機構解明検討委員会

 地すべり学会で標記の委員会の委員を募集しているので応募しましたが、まだ返事がありません。東日本大震災などあって混乱もあるでしょう。それ以上に、どうも斜面変動に関する用語もいろいろです。最近”はやり”は「深層崩壊」ですが、その素因を示す言葉も岩盤クリープであったり、緩み岩盤であったり、クリープだったり、、そのあたりも議論していくのでしょうか。自然現象と人々の生活の関連という防災の原点に立ち返らないと、船頭多くして、、、になりそうです。

 http://japan.landslide-soc.org/news/pdf/buinbosyu.pdf

2011年6月8日水曜日

自然災害と経済災害と家の安全

 今朝のニュース番組で、家選びの価値観が変わり、人気エリアが湾岸から内陸部に移っているとの報道がありました。確かに固い地盤を選びたいと思い、古地図を閲覧希望者が急増しているといったことは、防災の観点から望ましいことです。やはり、首都圏2000万人が地震の恐怖感を共有し、液状化や地盤の変状を目の当たりにすると、世の中が動きます。
 その一方で、もうひとつの考え方として、戸建やマンションよりもアパートを選ぶ傾向が強くなっているとも聞きました。巨大なローンを抱えたくないということでしょうか。経済災害のリスク回避です。実は私もそうしています。 でも、あんしん宅地のビジネスモデルとしては、ちょっと仕事になりにくい状況ではありますが、、、

2011年6月7日火曜日

自然のペースと生活のペース

 地形・地質にかかわる人は、東日本大震災で、石巻市や牡鹿半島が沈下したという事実にちょっとした違和感を感じた人も少なくなかったと思います。三陸海岸には、最終間氷期(約12万年前)の海成段丘が形成されている、つまり隆起海岸だからです。このことについて、静岡大学の新妻先生の記事に、以下のような説明がありました。

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速報9)歴史地震とプレート沈み込み
http://www.niitsuma-geolab.net/archives/404#more-404
三陸海岸の沈降について多くの専門家が安易に口にしないのは三陸海岸にも海岸段丘が在るからである.日本列島に広く海岸段丘が形成された約12万年前の最終間氷期の下末吉海岸段丘が三陸海岸にもある.ただし,その高度は25-35mと福島県浜通の30-50mよりも低い.海岸段丘高度は,形成時の海水準と形成以降の地殻変動によって支配されているので,三陸海岸は福島県浜通よりも沈降していると言える.三陸海岸の位置は,北上山地の隆起と日本海溝の沈降の均衡によって支配されている.今回の東日本巨大地震による日本海溝側への沈降によって海岸部は沈下したが,北上山地の隆起によって回復するものと予想される.国土地理院資料によると牡鹿半島は既に隆起を開始している.
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そのうち自然は”いつものペース”で隆起を開始するでしょう。でも人々の生活にとっては”いつものペース”とはいかないので難しいところです。

2011年6月6日月曜日

文学部 史学・地理学科 地理学専攻

 上記は私の最終学歴です。実にシンプルです。地理学科の中でさらに何を専攻していたのか、と聞かれると説明を要しますが、横文字もなく履歴書にも記入しやすい。なぜこんな記事を書いたかというと、今日の産経新聞の記事に、このようなものがあったからです。
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110606-00000094-san-soci
大学に個性的学部名増える 全入時代に生き残りをかける

 「最高学府」てのはもう死語でしょうか。目先のイメージが先行し、逆に個性がなくなっている。「文学部が消える日」という書籍があるそうですが、文学部と理学部がなくなってしまっては「真実を究める、原点から物事を考える」といった”学を問う”ことができなくなると思います。一時大学レジャーランドという言い方がされましたが、さらに専門学校化が進んだ感じですね。会社の同僚は「文理学部応用地学科」なのに、新入社員は同じ先生の研究室にいて、、、、、なんだっけ、すごく長くて覚えられません。

2011年6月5日日曜日

結構ヒットしました

 今日は一日出かけていたので、パソコンもいま見ていましたが、昨日の記事が結構ヒットしていました。アクセス解析のグラフが飛びぬけておりました。以前、会社の上司・同僚が、四国の中央構造線に近い地すべり地形ほど、面積が大きくなるという論文を書いていましたが、これから大地動乱の時代ですので、地形発達史のドラスティックなヒトコマを目の当たりにする機会もあるかもしれません。

2011年6月4日土曜日

日本三景のうち2つは地震による地すべりが原因だった?

 先日大阪に出張した際、出張先の会社の人が丹後半島の地すべり地帯にいかにも飛んで行きそうなアンカーがあって、それを見に行くんだという話をしました。それをきいて、丹後半島&地すべりという条件でグーグル検索してみたところ、京都府埋蔵文化財センターの報告書で、日本三景のひとつである天橋立は、直下型地震による地すべりによって大量の土砂が供給されてことが、地形形成の主要因であると述べられていました。

天橋立の成立過程
http://www.kyotofu-maibun.or.jp/data/kankou/kankou-pdf/ronsyuu6/36arii.pdf

これまので定説として、河川の沖積作用と沿岸流の相互作用が述べられていました。でも改めて地形図を見るとなるほど、断層地形の抜け跡の地形も存在します。そして、この論文を読んで直ぐに思い出したのが、香川大学の長谷川先生の「日本三景の松島は巨大地すべりだった」という発表です。

http://blog.livedoor.jp/ohta_geo/archives/51391700.html

さきの天橋立の論文でも、中越地震や岩手・宮城県内陸地震など、直下型地震によって天然ダムを発生させる大規模地すべりの事例を上げ、天橋立の成立過程を地震に伴う地すべりに求めることは不自然ではないと述べられています。

それにしても、日本を代表する景観が地震と地すべりによって形成されているとなると、自然がもたらす災害と恩恵が表裏一体であることを、改めて実感します。

2011年6月3日金曜日

雲仙火砕流から20年

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110603-00000332-yom-soci
 43人の死者・行方不明者を出した長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から、3日で20年を迎えた。被災地の同県島原市では犠牲者の追悼式が開かれ、遺族や消防、行政、報道関係者ら約700人が鎮魂の祈りをささげた。
 大火砕流は1991年6月3日午後4時8分に発生。普賢岳の麓の同市上木場地区で警戒に当たっていた消防団員12人のほか、警察官2人、住民6人、火山学者3人、報道関係者16人、タクシー運転手4人が巻き込まれ、犠牲になった。

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 この災害で、「火砕流」という言葉が一般化しました。ただ、いまでも思うのは、「大」なるのは災害であり、火砕流ではないということです。火砕流の映像が多く流れたため、心象も「大」であったと思います。ただ、九州には姶良カルデラ、阿蘇カルデラ等をはじめとして、世界的規模で巨大な火砕流堆積物が存在します。雲仙の事例は「火砕流」とはすべからくこういう規模だという認識の方がよい。このことは『死都日本』でも述べられていました。
 火砕流による災害は、地震や豪雨に比べて頻度が低いためにスケール感がないのかも知れませんが、自然の成り立ちを理解しておくことは、防災の想定を理にかなったものにする第1歩です。

2011年6月2日木曜日

建築知識 

http://www.xknowledge.co.jp/book/detail/34291106

建築知識の6月号では、緊急特集、都市を襲った液状化という記事が組まれます。そのうち、丘陵地の宅地破壊についてものべられると思います。

2011年6月1日水曜日

大阪から帰ってきて、、

 いま東北地方の復興に国を挙げて取り組まれており、通常の公共事業は削減されるか、あるいは発注が少なく、私たちの同業者も被災地の復旧に直接関わらない部分では、あまり仕事がないような状態だという話を聞きます。先週は学生時代を過ごした大阪に出張でした。私の下宿は千里ニュータウンの南すそにありましたが、日本を代表する大規模な切盛造成地のひとつです。人も盛土も高齢化していました。
 確かに被災地の復旧・復興はとても重要な課題です。その一方で、日本の主たる国土軸である三大都市圏の防災対策、既設施設の補強・維持管理に関する議論が冷めている感じがします。いまのところ一番安全な(事故実績のほとんどない)新幹線に乗りながら、そんなことを思いながらうたた寝をしていました。

2011年5月29日日曜日

水力開発=利用の歴史地理

1週間ぶりのブログ更新です。
福島原発の事故を受け、エネルギーのあり方が再考されています。昨日の日本テレビの朝の番組では、水車を使った小電力発電が取り上げられていました。これをみて思い出したことがあります。私の母校の末尾至行先生(現在は退官されました)が、『水力開発-利用の歴史地理』という論考を出されていることです。

http://www.journalarchive.jst.go.jp/jnlpdf.php?cdjournal=jjhg1948&cdvol=23&noissue=4&startpage=359&lang=ja&from=jnltoc
水力開発=利用の歴史地理 ジャーナルアーカイイブより 人文地理 23(4), 1-36, 1971-08

この論文では、奈良盆地を対象として、水力開発のありようが時代とともに地域像をどう変えていったかが明らかにされています。 そして、論文の結びを引用してみます。

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本論文が扱った水力電気事業は,たまたまこの水路式発電段階で終りを告げている。それ故,この模式的な地域像の追跡も,以上の考察を最後に筆を擱くべきかも知れない。しかしさらに一歩を進め,水路式発電ののちに到来することとなったダム式発電段階における地域像についても,あわせてふれておこうと思う。
ダム式発電の創始によって,まず山間部にもたらされた大きな変化は,水路式発電時代には未だ隆昌であった水車の急速な衰退である。その経遏の一つはダムによって水没する村々と運命を共にして湖底に消え去るという例であり,他の一つは,発電量の増加にともない,山間部により広汎に普及するに至った電力による打撃である。もちろん,後者の経過には,蒸気機関等の近代的動力機関の滲透も,あわせて考慮されるべきであろう。
他方,ダム式発電時代の到来は,平地部にも大きな変化をもたらした。すなわち,ダム式発電による発電量の増加は,火力発電の充実・発展ともども,平地部の全域の電化を完了した。加えて,電力以外の近代的動力機関も充填的に普及したのが,平地部の姿である。かくして在来の水車は,まさに時代遅れの存在となって絶滅の方向を辿ってゆく。もしかりに,平地部に,水車の残存事例が認められたとしても,それはもはや水車所有主の執着などという,余程特殊な事情によるものと理解せざるをえないのである。
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この論文から40年の時をへて、「余程特殊な事情」は起こったと思います。地の理と科学技術の融合、エクセレント・スモール、そういった価値観の転換が求められているのではないでしょうか。

2011年5月22日日曜日

地盤への関心

 NHKの朝の番組で、地盤の液状化について取り上げていました。コメンテーターは平朝彦先生でした。構造地質学の大家でおられるので、地震のメカニズムについてコメントしていただいた方がよかったのでは、、TBSの番組でも浦安の液状化につて取り上げるようです。やはり、首都圏でおこるとマスコミの取り上げ方もちがってきますねえ

2011年5月20日金曜日

今日から現場

 結構久しぶりの山歩き現場です。震災以降、1)直接的震災対応、2)震災に触発された点検業務、3)このほか通常の業務に分かれている感じですが、いまは、2)と3)の間くらいでしょうか。植生と表層崩壊の関係を考えるような現場なので、楽しみですが、明日は雷雨の予報、、雨男、、、

2011年5月19日木曜日

砂防堰堤で発電

 砂防ダムで発電できないだろうか、、計画停電中に考えていたことをやっている方がいました。10mの砂防ダムで16世帯の電力供給が見込めるのだそうです。土砂や落葉の除去など、技術的な課題はまだまだありそうですが、面白い案だと思います。

2011年5月18日水曜日

砂防学会

 今日から砂防学会が始まります。学会発表のタイトルをみると、東日本大震災の内容はこれといってありません。まだ調査は間に合っていないでしょうが、今回の地震で、かなり地盤が緩んだと思います。地震や津波で助かったのに、土砂災害で、、、ということは避けなければなりません。と思うのですが、システムの紹介が主で、現場をどうみるか、過去の災害実態に関する内容が、意外と少ないような気がします。

2011年5月16日月曜日

住宅選びは地盤

 今日のニュースで「震災後、住宅選びは「地盤」、液状化のない「武蔵野」が人気、という記事がありました。もとはどんな土地だったか」を気にする人が増えているんだとか。

 http://www.j-cast.com/2011/05/15095117.html
 2011年3月11日の東日本大震災から、まもなく2か月。震災を機に、住宅選びの着眼点は大きく変わったようだ。ある大手不動産の関係者は「住宅の耐震性はもちろんだが、もとはどんな土地だったか、気にする人が増えた」という。内陸部でも、むかし沼や田んぼであっては地震が起こった際に液状化現象を引き起こす可能性が高い。
 
 防災技術者としては好ましい傾向です。ただ、古地図だけでは判断できない部分もあり、また、意外と簡便な対策工で少々の危険は回避することができます。危険か、安全でないか、住めるか、住めないかの二元論に陥ることなく、地形・地盤の成り立ちを知って、理にかなった住まいにすることが大切になってきます。その良きアドバイザーになりたい。

2011年5月15日日曜日

備え

これは箱根の砂防施設で土石流の導流堤です。昭和28年に約80万m3にも達する土石流により大変な被害が出たのだそうです。高さは最大で10mの施設もあります。多分これから浜岡原発の砂丘にも、このような防潮堤が造成されるかも知れませんが、、山の中に突然現れるとびっくりしますね。

2011年5月14日土曜日

巨大床地図

ひとこと。面白い!!地図好きにはたまりません。

巨大床地図、35.2m×8.2m、江戸間186帖の巨大サイズ。縮尺1:50,000。同サイズの地形図約1000枚分。2010年4月18日研究所一般公開(つくば市天王台3-1)でご覧いただけます VT:

2011年5月13日金曜日

原発と崩壊跡地 -武田先生のブログから -

武田先生のブログに、いま心配すべきはすでに破壊されてしまった福島原発よりも、他の原発であると述べられています。

科学者の日記110513  3号機の爆発と原発問題
http://takedanet.com/2011/05/1105133_d590.html

確かにマスコミは毎日福島原発を報道しますし、いまだ放射性物質は出続けているわけですから、注目しなければなりません。しかし、他の原発は地震やヒューマンエラーもふくめ、そして安全か危険かも含め、あらゆる可能性があるわけです。

よく、豪雨の後に崩れた斜面に一点豪華な対策工が施工されますが、実は今後危険なのは、崩れるべき土砂を持ってしまっている崖です。若干これと共通する部分があるなあと感じたのでした。

2011年5月12日木曜日

記憶のかなたに

 やっと砂防学会の準備が終えました。なにか3月11日以前の出来事は、もう10年以上前の出来事のような気がします。私が発表する豪雨災害の雨量は昭和47年以降の出来事で、”記録的”なのですが、なにせ1000年に一度のM9.0の迫力にはちょっとかないません。それでも裏の沢、崖といった、等身大の防災が大切なことですので、気を取り直したいところです。

2011年5月11日水曜日

あらためて防災の難しさを思う

 東海地震は地震発生確率が突出して高い。これが浜岡原子力発電所の運転を停止する直接的な理由でした。確かにそれはそのとおりです。一方で、1995年の阪神・淡路大震災以降、いわゆる”目立たないリニアメント”を震源とする内陸直下型地震が多発しました。私は、逆に”シャープで目立つ活断層地形”を判読し、中~大縮尺の地形図に表現するという仕事をしていたので、”ええっ!!そこか”という思いを繰り返してきました。そして、プレート境界の巨大地震としては、「東海・東南海・南海」の連動に注目してきました。そしたら、連動した巨大地震として「東北地方太平洋沖」が発生しました。地形・地質、地震、防災に関わる専門家でも”ええっ、そっちかいな”と思った人は少なくなかったのではないでしょうか。
 そういえば、会社の上司が、いわき市の内陸地震の断層及び斜面崩壊の災害調査に行ってきました。そのうちの湯ノ山断層は、東京電力の調査で、最終間氷期以降の地層が変位していないし、破砕帯も固結しているとして、安全側に評価していました。それは地質学的には妥当な解釈ですが、今回の地震で正断層としての変位地形が、かなり明瞭に露出していたのだそうです。
 活断層というのは、結果としての存在、すなわち上部地殻のストレスの通り道・はけ口となった結果として形成される。そして、その根本はプレートの運動ですから、刻々と変わる状況を見極めながら、三次元的なものの考え方をしなければいけないということがわかってきました。”とりあえず30年以内に○%”という視点じゃあ、自然の都合にあわないよ、、と太平洋プレートからの警告だったのでしょうか。
 http://www.nsc.go.jp/shinsa/shidai/touden_fukushima/3/siryo3.pdf 

2011年5月10日火曜日

震災を語る - 1999神戸新聞 故藤田和夫先生の記事 -

自然観
研究の第一人者である藤田さんは、六甲周辺をはじめとする近畿の断層帯が現在も地殻変動の最中にあるとして警告を発してきた。しかし、兵庫県南部地震の発生まで「近畿は地震が少ない」という誤った思い込みが、行政や建設関係者にまで広がっていたが危機感にはつながらなかった。その後、「日本列島砂山論」(共著)などの著書でも、六甲山にかかる東西の圧縮の力で断層ができ、本来固いはずの花崗(こう)岩の岩盤が砂山のようにぼろぼろになっていることを指摘した。神戸市でも土木の担当職員を対象に研修会を何度も開き、活断層について話した。勉強している若い技術者は理解していただろう。トップは土石流には敏感だったが、地震には関心が向

防災への提言は
防災は貯蓄だということ。六甲にトンネルを通して淀川の水を運んでいるが、断層で切れたら供給が止まる。年に一つでも小学校の地下に貯水池を造っていくなど毎年の蓄積が大切だ。活断層の分布を知ることは大事だが、そこだけ対策を行えばいいのではない .活断層は地震環境を示す最もはっきりした指標であり、それを取り巻く地盤、建築構造に気配りすることが大切なのだ
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一部を抜粋して紹介しました。首都圏にまでこの提言は届いていなかった。逆に、釜石市など津波の防災教育が進んでいたところでは、知識と現場での判断力が「防災への貯蓄」としてたまっていたのだろうと思います。この、防災への貯蔵庫がどこにあるのか、鍵のあけ方を多くの人に知ってもらうにはどうすれよいか、専門家の有りよう(私たち技術者も含めて)問われているような気がします。

2011年5月9日月曜日

どうでもいい話ですが

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110511-00000602-san-soci
未婚率が高いことを”内閣府”が危惧して、とのこと。国が調査することかいな、、と思うのですが、確かに、いろんな意味で”生産に対するモチベーション”が下がっているのは気になります。一軒家にすめないし、家庭ももたないとなれば”防災”が必要なのか、、、、、、

2011年5月8日日曜日

すべてはゲストのために

Mrサンデーで、東京ディズニーリゾートの2011.3.11のドキュメントが放送されました。なんと年間180回もの震度6を想定した防災訓練をしており、お客さんがパニックにならない、少しでもあんしんさせるために、使えるものは全て使う、マニュアルにはないことを進んで考える機転に感動しました。共通する意識は「すべてはゲストのために」、指揮命令系統も実にスピーディでシンプル。素晴らしいです。

2011年5月7日土曜日

地震では壊れていない

 NHKスペシャルで津波の映像をみました。画像は仙石平野で、地震発生後から約1時間後にどす黒い津波に襲われた地域です。上の写真は、海岸線から1km程度、下の写真は2.5km程度です。津波のあまりの迫力に圧倒されがちですが、家は原型をとどめていて、目立ったクラックは見受けられませんでした。中はどうかわかりませんが、地震動ではあまり損傷を受けなかったのだと思います。丘陵地の宅地破壊でもそうですが、家は大丈夫なんです。耐震化すべき場所はどこか、そしてそもそも安全な場所はどこかを最優先すべきであることがわかってきます

2011年5月6日金曜日

第1次産業の基盤

 当然のことながら津波は”海水”ですので、農地の塩害が懸念されます。とてつもない面積です。地盤も沈下しているので早々に水は引かないでしょう。静岡大学の新妻先生は、次のように述べられていました。

新妻地質学研究所速報1 -停電中に考えた地震と復興ー
津波に洗われた平地は早急に除塩し,稲作のための大規模田圃を建造して,国際価格に対応できる大規模高効率の稲作を開始する農耕組織を設立する.今回のような規模の津波は数百年は来ないので,これまでの津波に対応できる6m程度の防潮堤を改修し,漁村・農村の定常生活は作業に便利な平地で行う.現在の避難生活から移る仮設住宅を高台に建設し,平常生活に戻った時には避難民の別荘とし,将来起こる今回規模以上の大津波に備える.同時に今回の教訓を子々孫々まで伝える.別荘地建設のための高所から削り取った土砂は,今回津波に洗われ,水没している平野部の改修に使用する.

2011年5月5日木曜日

仙台市緑ヶ丘4丁目

仙台市緑ヶ丘4丁目の盛土造成地の宅地破壊については、太田さんのブログでも紹介されています。


太田さんのブログの写真のうち右下の宅地が、本ブログの左側の写真になります。現在地盤傾斜計が設置されていました。この宅地の反対側にもテンションクラックが連続しています。まさに切盛境界があぶりだされた格好です。中央の写真の奥が右側の写真になります。地すべりによって宅地が破壊される、典型的な滑落崖頭部のテンションクラックです。

2011年5月4日水曜日

景色のいい宅地は、、

 GWは災害の現場に行ってきたので、このブログにも少し連載します。
 宮城県の白石市に出かけました。新幹線の駅名が「白石蔵王」あるように、火山緩斜面に雪を頂く蔵王の雄姿が美しい街です。丘に登れば、その姿はさらに美しい、、ということになります。しかし、絶景を望むためには、さえぎるものがない→開けている→崖っぷちか浅い凹地(谷埋め盛土)というパターンは結構あるものです。下の写真は、崖っぷちであり、浅い凹地をならした盛土でもあったようです。

2011年5月3日火曜日

「評価」する -把握する- 言葉の意味

 下山先生のブログに、「評価」という言葉について考えるときう記事があります

 『評価』という「言葉」について 考える
 「推定」や「仮定」では、何となく主観的に聞こえ、客観性に乏しく見え、信憑性を疑われそうだ、だから、信憑性がありそうに聞こえる別の言葉で置き換えて言おう、ということのように、私には思えるのです。

 確かに、私が報告書を書くときに”使うな”といわれた言葉のひとつです。自分の考えに自信がないことをあらわにするようなものだと。基本的に自分の眼でみた現象、そこから考えたことは『判断した』、見えないが「判断した結果そうであろう」というときは「推定した」など、、
 似たような言葉に「把握」があります。今村遼平さんの『報告書の書き方』という本に、「把握」は意味が不鮮明なので、他の言葉で置き換えること、という節があります。「認知できる」「計測した」「○○と△△は、XとYの関係で存在することを確認した」など、責任感を伴う言葉を使う、言い換えれば「把握」を使わないで済むような調査をするということです。
 地質調査は露頭や転石など非常に限られた視覚情報のなかから、地球の歴史を考え抜く学問から、「把握」の領域から抜け出せたら一人前だということでしょう。私はまだまだです。

2011年5月2日月曜日

何が起こったか、、、

みんな早く被災地を見ておいたほうがいい。すごい勢いでがれき撤去されているから、もう少ししたら「さら地」だけが残って、何が起きたのかもわからなくなる。何が起きたのか、自分の目で確かめてほしい。研究や支援の口実なんか無くてもいい。日本人の誰もが、この現実を見て子孫に伝える義務がある。

静岡大学の小山真人先生のツイッターより。GWの予定が立ちました。

2011年5月1日日曜日

海底地すべりと津波

 東北地方太平洋沖地震では大規模が津波が発生し、その結果が「東日本大震災」をもたらしました。このたび、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)のプレスリリースがGooGleアラートで届きましたたが、海底地すべりの発生が津波の波高に影響を与えたのではないかという点が示唆されていました。

  http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20110428/

 このような科学的成果を学び、自然現象への理解を少しでも深めることが、有事の際”想定外”としてパニックにならず”さもありなん”と思えることが、実は減災につながるのではないかと思っています。

2011年4月29日金曜日

千葉の地盤調査(2)

 先日千葉に地盤液状化の調査に行ってきました。新しい知見が得られましたので論文にするつもりです。それにしてもなぜここだけ電柱がそろって傾いているのか、、、ここは新旧の埋立地の境界だと思っています。古いほうは50年くらい前の埋立てだと思いますが、当時そこまでしか埋め立てられなかった地盤条件があるんではないかと思っています。

2011年4月28日木曜日

千葉の地盤調査(1)

 空地や公園になっているところが大体埋立地です。都会のど真ん中に周囲の道路と違和感のあるオープンスペースは、まず埋立地とおもってよいのです。やはり液状化は深刻でした。さらさらとしつ砂が大量に噴出しています。

2011年4月27日水曜日

建築関連雑誌の取材

 今日は建築関連の専門誌の取材を受けました。編集者は若い人でしたが、建物だけでなく地盤も重要だということを感じているとのことでした。既にメールのやりとりもさせて頂きました。

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 おっしゃる通り、住宅建築には地盤の問題が必ずつきまといますが、とりわけ意匠設計に携わる方にとっては、残念ながら関心の薄い分野であるようです。我々としましては、今回の震災を機に少しでも読者の関心を得られるような記事制作につとめて参りますので、今後ともご協力いただければ幸甚に存じます。

「自然は雄弁に語る」
これが真理なのだと改めて教えていただきました。
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 ここまで褒めていただけると恐縮してしましいますが、お二人も、建築は衣装が”花形”で、地盤条件を意匠の都合に合うように”片付けてしまう”ということが多いとおっしゃっていました。東日本大震災でも、建物そのものは全然損傷がないのに宅地が破壊されて結局住めないという事例が多々あったようです。地盤情報は”危険な情報””価値を下げる情報”とネガティブに扱われがちでしたが、いま価値観を換えるチャンス(いまかわらなかったらやばい)ですから、安全という価値の醸成にむけて、微力を尽くしてみたいと思っています。

2011年4月26日火曜日

想定外の液状化

 今日の神奈川新聞に「内陸でも液状化は想定外」という記事が載っておりました。もう想定外という言葉はさすがに聞き飽きました。要は「ハザードマップ」に記載されていない場所で”何かがおこる”と想定外という言葉を安易に使っているようにさえ見えます。以前あるいた我孫子市でも同じで、谷戸の軟弱地盤の液状化は「想定外」でした。明日は建築関係の雑誌の記者がこられるので、お互いの”想定”に対する考え方がどうか、聞き比べをしたいと思っています。

2011年4月25日月曜日

2万5千年の荒野 - ゴルゴ13より(2)

 さいとうたかおさんの先見の明、技術者倫理に対する問いかけ、綿密な描写、、科学とサスペンスを融合させたストーリー展開、、名作中の名作であり、新人研修にもいいと思い、社内で回し読みをはじめました。どういうリアクションがあるか楽しみです。

2011年4月24日日曜日

防災格言より

『 過去の教訓がそのまま役立つとは限らない。 
 行政は過去の例にこだわるが、 
 次の津波が以前の津波を超えないとも限らない。 』

 http://yaplog.jp/bosai/

 2行目がなんとも皮肉です。前例は「参考」であっても「基準」ではありません。古くからの集落が今回の津波に対しても安全な位置に立地していたのは、生活の舞台を作る地形が過去から繰り返されて出来たことを十分に踏まえていて、”記録に残っている前例以上の想定”を無意識に行っていたのではないでしょうか。

2011年4月23日土曜日

2万5千年の荒野 - ゴルゴ13より

 福島原発事故の発生以来、にわかに脚光を浴びているゴルゴ13ストーリーがあると聞きました。それが、1984年に掲載された『2万5千年の荒野』です。この作品は、原発事故以前から、かなり人気が高かったようです。

 さいとうたかをベストセレクション
 http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4091794033/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

 曲がりなりにも”技術者”と呼ばれる職業についていれば、心打たれるセリフ・シーンが多く出てきます。

 ・慣れが一番恐ろしいんだ。設計どおりであれば、機械は99%完全なんだ。人間の注意でいかしきれない。それが事故だ。機械に負けるなよ。

 ・問題がマシンではなく、マンだ。心ある技師の育成が重要だ。

 そして、私の”ツボ”は、自分が作ったプラントゆえに図面にも寸分の狂いもないと、自分の命と引き換えにロスを守ったバリー技師の言葉。私も(設計図ではありませんが)図面に関わる職業ですから、自分の図面に絶対の自信と責任を持ったこのセリフに凄みを感じたのでした。

2011年4月22日金曜日

古今書院と20年

 私が初めて古今書院から「月刊地理」を買って、丁度20年になりました。言い換えれば、大学に入って、そして故郷を後にして20年です。今日、その古今書院から書籍案内が届いておりました。封を開けたら「シリーズ繰り返す自然災害を知る・防ぐ 全9巻」でした。
 このシリーズは、会社で全て購入しています。いま、改めて読んでみると、第2巻 津波と防災- 三陸津波始末-などは、予言的迫力がありました。大変皮肉なことですが、その土地の成り立ちは、災害を引き起こす自然現象の繰り返しです。そして、それぞれの環境にいかに暮らしを対応させてきたか、その因果関係が「地の理」です。私自身を振り返ってみると、自然災害を「知る」20年から、防ぐために伝える20年にシフトしなければと思っていました。しかし、20年ごときでなにがわかる、と地の底からメッセージを受けたような大地震でした、

2011年4月21日木曜日

用語の問題 - 宅地破壊 -

 谷埋め盛土の滑動崩落、腹付け盛土の崩壊、地すべり、とても重要な課題なのですが、言葉がカタイなあという話をしておりました。そこで、社長が「主婦感覚で」ということで、ちょっとした女性陣による”ブレーンストーミング”が始まりました。

 ・液状化は言葉のシンプルさと臨場感で(TVで流され)一般化した。
 ・地すべり、盛土、斜面、、その時点で専門用語である
 ・崩壊といえば、”家庭”,”学級”崩壊を思い浮かべる(両方ともあってはならんが)
 ・被災写真を見ていると、結果として「破壊された」印象が強い
 ・言葉はシンプルかつインパクトがあったほうが良い

 ということで、谷埋め盛土の滑動崩落や液状化など、宅地の変状・災害に対して「宅地破壊」という言葉を用いてはどうかという話になりました。特に理系の人たちは論理的に考える癖がついているので、破壊や崩壊のプロセスに違和感を覚えた場合、用語として使うのに抵抗があるようです。谷埋め盛土は、埋立地の液状化よりは場所を特定しやすいため、対策も講じやすいと思います。でも、意識・注目されないことには対策が進みませんから、まずはこのような災害形態があるということだけでも考えてもらう必要があるので、用語にもこだわってみました。

2011年4月20日水曜日

貞観・慶長津波の論文

 産総研の「地質ニュース」に、869年貞観津波と慶長沖の津波に関する論文がありました。2006年の論文です。

 仙台平野の堆積物に記録された歴史時代の巨大津波
  -1611年慶長津波と869年貞観津波の浸水域-
  地質ニュース624号,36 ― 41頁,2006年8月
 http://www.gsj.jp/Pub/News/n_index/index.html
 
 PDFをダウンロード可能

2011年4月19日火曜日

先人は知っていた

私が自然地理学を志したのは、一般教養の時間に「地図は悪夢を知っていた」という、伊勢湾台風に関する新聞記事を読んでからでした。それから20年です、、、、

2011年4月18日月曜日

砂防学会のメッセージから

 砂防学会のHPに、会長からのメッセージがありました。確かに砂防関連の土砂災害は目立ちませんが、東日本大震災で大きな被害、そして今後の危険性が増していることは確かです。

 http://www.jsece.or.jp/indexj.html
 同時に報道などでは必ずしも目立ちませんが、強い揺れで緩んだ地盤では、余震によるものも含め、斜面崩壊、地すべり等の土砂災害が発生し19名の方々が犠牲になりました(4月14日,国交省砂 防部調べ)。そして、土砂災害が多発する震度5強以上の地域は17都県233区市町村におよび、そこでの土砂災害危険箇所は約4万箇所と多くあります。これらの地域では、今後の梅雨期、台風期に備えて砂防関係施設の点検等の早急なる処置と、通常よりも弱く小さい降雨でも発生する可能性が高まる土砂災害への警戒が必要です。
 
 津波と原発に話題を奪われるなか、谷埋め盛土の地すべり、砂防・治山堰堤の基礎も相当変状しているはずです。まさに、暮らしに密着した、等身大の防災が必要です。

2011年4月17日日曜日

まず知りたいことは、、

 原発関連のニュースを見ない日はありませんが、妻が職場の井戸端会議で「原子炉の構造やメカニズムを解説されても、専門家でもないしどうすることもできない。まず、自分たちの住む地域が安全な状態であり続けるのか、それが知りたい」。もっともです。
 いま、あんしん宅地という宅地診断のプロジェクトを進めようとしていますが、なかなか進展しないのは、どうしても宅地の危険性(安全性)に関わる理論的説明が充実していれば、顧客もついてくるはずだという、ある種の思いがあるからでしょう。ただ、危険のある宅地については、やはりできるだけ客観的な事実に基づいて伝えなければならない、、意外とリスクコミニュケーションの技術は進んでいないのではないかと思う今日この頃です。

2011年4月16日土曜日

活断層調査はなんだったか、、

 だいぶお酒が入りました。大震災以降沈滞ムードを解消するにはいい飲み会でした。上司が、「結局何億もかけた活断層調査ってなんだったか、、」とつぶやきました。
 私が大学に入学したころ「新編 日本の活断層」が”新着コーナー”にありました そして、卒業を控えた時、阪神・淡路大震災が発生しました。 そのあと活断層調査に膨大な予算がつき、私もリニアメントの判読の仕事に携わりました。 
 ところがその後発生した内陸地震は、いずれも”目立たないリニアメント”でした。2000年鳥取、2005年福岡、2007年能登半島など、、、そして、連動する巨大地震としては、俄然注目されていた東海・東南海・南海ではなく、どちらかといえば”単体?”でM7~8クラスの地震が注目されていた東北で連動した巨大地震が起こりました。ここは謙虚になって、無理に予知しようとなどど思わず、基礎的な研究を積み重ねる方がよいのでしょうか。

2011年4月15日金曜日

国道6号線の位置

 下山先生のブログに、国道6号線がどのような場所を通っていたか、今回の震災の津波の到達範囲とあわせて示されていました。


建物をつくるとはどういうことか-16・・・・「求利」よりも「究理」を


「陸前浜街道」は、明治の頃の道筋を基本的に踏襲しています。そして、「陸前浜街道」は、大半が津波の浸水を免れている、ということも分るはずです。と言うことは、「陸前浜街道」が結んでいた町々の「旧市街地」もまた浸水を免れていることになります。(略)scientific であるということは、「数値化すること、計算すること・・」では、ありません。(略)。私たちの目の前に広がって在る「歴史」事象は、単に、学校の歴史教科の教材ではありません。それらの事象には、この大地の上でしか生きることのできない人間の、大地の上での生きかたの経験と知恵がつまっているのです。それを認識し理解できない、というのならば、いかに「科学的」であろうが、到底 scientific であるとは言い難い、と私は思います。


なぜそこにあるのか、、、を常に問い続けなければいけません。

2011年4月14日木曜日

都会の華は東京タワー その憂い



都会の華は東京タワー、そんな歌詞の歌がありました。
桜が綺麗です。しかし、その奥の東京タワーは少し曲がったのだそうです。
少し憂い顔でしょうか。

2011年4月13日水曜日

新しい応用地質学会に向けて

 今日届いた応用地質学会誌の巻頭言に、上記のタイトルで千木良先生が寄稿されていました。内容はネガティブで、会員の高齢化や減少など、まるでいまの世相そのものを反映したかのような文章でした。中身を見てみると、論文が1本、解説記事が1本、物足りなさを感じるとともに、この論文・解説とも深地層研究所と電力中央研究所の方で、論点は「高レベル放射性廃棄物の地層処分」に向けた基礎研究と言った感じ。論文を作成、査読、印刷されている間は、東日本大震災は起こっていなかったでしょうから、なんというタイミングでしょうか。
 東日本大震災は、あらゆる専門家に対して新しいデータやパラダイムの変換をもたらすでしょう。地質学・応用地質学の新しい方向性は、2011・3.11から始まるといえます。

2011年4月12日火曜日

冷静であるために

 私は1995年の阪神・淡路大震災を経験しています。大阪在住だったので、建物の激しい被災はなかったのですが、震度5強のゆれは(しかも寝起きの時間)は衝撃でした。下宿の大屋さんやおばさん、近所の方は悲鳴を上げて外に出ました。
 でも、私はそのとき妙に冷静だったのを覚えています。今にして考えてみれば、兵庫県南部地震の発生する2ヶ月前に猪名川町というところで群発地震が発生していて、私の指導教授が住民にそのメカニズムを解説するというので、その資料作成をしていましたし、関西の自然災害史や活断層地形なども研究の対象にしていたため、”ああ、どこかが動いたな”という感覚がありました。
 今度の東日本大震災に関しては、ちょっとうろたえました。まさか、あれほどの長距離にわたり断層が連動するとは、、、そして、2年ほどまえ、高レベル放射性廃棄物の地層処分技術の文献を調べたこともありますが、その課題が、こんなにも早く現実に直面するとは、、、
 原発の処理には10年単位の時間がかかるといいます。別の言い方をすれば、いまの小学生が社会人になる時間です。この間に、”放射能と理科離れを食い止めて”自然科学のリテラシーを国民的に高めておけば、mっと冷静かつ自立した対応ができるのではないかと思います。この東日本大震災で、日本の地質構造や地盤と災害の関係など、大変多くの貴重な知見・データが得られるはずですから、私たちも学び、伝えていかなけれればなりません。

2011年4月11日月曜日

M7に”慣れる”

 今日は1日に4回も緊急地震速報がありました。先日も福島県でM7.1の地震があったばかり。M7といえば普通の大地震の本震なみです(兵庫県南部地震がM7.2ですから)。数年に一度の頻度だったのが、ここ一ヶ月に集中しています。いかに、M9の本震がすさまじかったか。

2011年4月10日日曜日

疑心暗鬼が生んだ招かれざる危機

 明日で東日本大震災から1ヶ月です。長かった、、。いろんなことがありましたが、さすがに???と思い、そして困ったのは、買いだめでした。災害心理学がご専門の広瀬先生は、次のようなコメントを残されています。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110410-00000121-san-soci

 そもそも、モノが作れなくなったわけではなく、わが国は生産力も備蓄もある。本当の危機ではないのに危機を起こしている。東京女子大学の広瀬弘忠元教授(68)=災害・リスク心理学=は「買いだめにせよ放射能からの避難にせよ、政府が『冷静な行動を』と呼びかけたことが意図とは逆に集団心理をあおった。こうした際に倫理的な呼びかけは逆効果なだけで、政府は買いだめや避難をしなくても大丈夫であることを裏づけるきちんとしたデータを示し、論理的に人々を安心させることが重要だった」と指摘する。

2011年4月9日土曜日

上司からのメール

ツイッター的内容ですが、文字数の関係でこちらに載せました。

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震災時の緊急調査・点検は、私もかなりやりましたが、大変勉強になります。与えられた調査は当然やるのですが、いろいろなところに自然災害の本質やヒントが隠れています。それを、記録したり、頭に入れておくと、これからの技術者としての技術力や幅をもたせる大きな力になっていきます。いかに、生の現場を見ているかは貴重な経験です。
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実は、この震災後、一番乱用された言葉に「基準値」があると思います。値の何倍かに翻弄されることなく、どこまで自分の「基準”知”」で行動できるか、それが技術力なのかなあと思ったりしています。震災後、いろんな自問がおおくなりました。

2011年4月8日金曜日

住宅被害は"意外”と少ない、、とのこと、、、

 京都大学防災研究所の調査報告で、住宅被害に関するものが2編、グーグルアラートで届きました。

 http://wwwcatfish.dpri.kyoto-u.ac.jp/~goto/eq/20110311/0402report.pdf

 M9.0や数百キロに及ぶ断層、大津波を見慣れてしまうと地味に見えます。

 また、千木良先生のグループは、長野県の”余震”で発生した地すべり・崩壊を中心に調査しておられ、住宅については「家屋の被害はかなり局所的で,主に 6 強の地域に限られるようである」とされています。

 http://www.dpri.kyoto-u.ac.jp/web_j/saigai/20110406_jiban.pdf

 大地すべり、いわゆる地すべりの巣の輪郭をつくるのは、やはり直下型地震によるものだと思った次第です。

2011年4月7日木曜日

M7.4の「余震」

 M7.4の余震がありました。川崎の自宅もかなり長い間揺れました。川崎の自宅では震度は3くらいだったのですが、長かった。M7.4といえば、普通は「本震」です。今回の東日本大震災をもたらした「本震」はM9.0です。いかにすさまじかったかがわかります。私の生業である斜面・渓流の防災は等身大。でもこういう調査を積み重ねることも大切で、自然現象のいろんな”スケール感”を体得できるのだと思います。

2011年4月5日火曜日

砂防学会の意見交換会中止

 私も発表する砂防学会の意見交換会が中止(自粛?)されました。

 砂防学会ホームページ 
 http://www.jsece.or.jp/indexj.html
  
 学会に行く目的の半分(それ以上か)は、研究発表会後の意見交換会で人脈を広げ、多くの知識を吸収することにあるのですが、それができないのは残念。特に20代から30代前半にかけての気鋭のある人材には貴重な場なのですが、、
 昔の仲間と、コアな飲み会をするか、、、

2011年4月4日月曜日

千葉県と香川県

 今日香川大学の山中先生が会社にこられ、ディズニーランド周辺の地盤液状化の研究報告をしてくださいました。先生の話によれば、今回の東日本大震災の被害、土地条件、香川県で想定されている南海地震を想定した地盤災害を考えると、震源との距離感、埋立地の被害など、千葉県の埋立地と類似する条件が多いとのことでした。決して対岸の火事とせず、不遜な言い方かも知れないが、今回の震災がもたらした地盤工学に関するデータ、壮大な実験として、地域防災に役立てなければならないとのことでした。

2011年4月3日日曜日

新しい宅地の谷埋め盛土の被害


 今日は宅地の被害調査をしておりました。上の写真は千葉県の新興住宅地です。ちょっとアングルがわかりづらいのですが、最大で50cm程度隆起した箇所や、道路の真ん中に一直線に発生したクラック、波打った道路などが随所で見られました。上の写真は、丁度切盛境界にあたります。そして、聞いた話では、この宅地が平成13年に開発された比較的新しい造成地だということでした。街区ひとつ違えば段丘の平坦面となり、まったく変状がありません。このほか、段丘の開析谷下流部の液状化、陥没亀裂など、多数発生していました。
 このような被害は、今回の震災で、最も報道されていない地味な部分です(上の写真周辺には、かなり傾いた家もあります)。でも、これからの生活再建、土地の購入など考える際に、避けて通れない、そしてURBAN LANDSLIDEとして、どこにでも潜んでいるリスクです。
 

2011年4月2日土曜日

東日本大震災でなかなか報じられない被害 - 地すべり

 原子力発電所と大津波被害は毎日報じられますが、私が長らく携わってきた斜面・渓流の災害についてはなかなか報じられません(渓流はあまりないようですが)。そんななか、今日のGoogleアラートで、今回の地震による斜面・地すべり、谷埋め盛土の被害についての報告が届きました。

 独立行政法人土木研究所 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震による地すべり・斜面崩壊調査(速報) http://www.pwri.go.jp/team/landslide/topics/tohokujishin2011-1/h23.3.31.pdf

 これをみる限りでは、2004年新潟県中越地震や2008年岩手・宮城県内陸地震で起こったような地形発達史を劇的に変えるような大規模な地すべりは発生していないようです。やはり奥羽山脈の地すべり地形を形成したのは、直下型地震なんだろうと考えます

 京都大学防災研究所 斜面災害研究センター 仙台市における宅地谷埋め盛土の地すべり
 http://landslide.dpri.kyoto-u.ac.jp/landslides-in-Sendai.pdf

 前者の地すべり地形は、地震や豪雨、融雪をきっかけとして発生した地すべりが、何万年と繰り返されてきた結果です。それは、豊かな生態系・地下水をもたらしました。しかし、後者の方は、本来繰り返されてはならない”URBAN LANDSLIDE”です。特に注目すべきは緑ヶ丘地区でしょう。引用しますと、

 太白区緑が丘では、緑が丘3 丁目と4 丁目で顕著な谷埋め盛土の地すべりが発生した。変動した範囲は広く、約150 棟の住宅が巻き込まれた。この地区は1978 年宮城県沖地震の際にも同様の地すべりが発生し、対策工事が実施されていた。3 丁目地すべりの北部ブロックでは、鋼管杭列の前面で圧縮、背面で引張の変位が認められる。杭は5 列設置されていたので、複数個の浅い小規模なブロックが連続する移動形態となっている。この事と地上に現れた杭頭の変位から推定して、鋼管杭は一定の効果を発揮したが、地表変位を完全に抑止出来なかったことが、広範囲の住宅被害に繋がったと考えられる。
 4 丁目地すべりでは、谷壁に貼り付けられた薄い盛土が変動した。地表変位は3 丁目地すべりに比べて大きい。1978 年宮城県沖地震の際にも同様の地すべりが発生し、地下水を排除するため集水井が施工されたとされる(現地では未確認)。

 とされています。注目度は低いですが、ボディーブローのように効いてくるタイプの災害です。そして、津波と比べると場所を特定しやすくハード面での対策もしやすいと思います。首都圏にも谷埋め盛土は無限にあります。喫緊の課題のひとつです。

2011年4月1日金曜日

時代と場所

 長い三月が明けました。世紀の大地震があってから特になががった。今日の神奈川新聞には、内陸部でも宅地被害が起こっているという旨の記事がありました。沿岸部の大津波では、「此処より下に家を建てるな」との石碑があり、その言い伝えを守ったゆえに助かったといいう話もありました。

 今日は新社会人が世に巣立つ日です。私の会社にも新人が一人入社しました。私は、自分が新人だったころ、初めての上司と同じ年齢になり、そして大震災の直後に社会人になる共通点があります。親と時代は選べないといわれますが、家を建てる場所、職場は選べます。

 家を建てる場所に関しては、職場よりさらに慎重に選ぶ機会があるはずと思います。ツイッターで防災科学技術研究所の井口さんは  「地震から3週間近く経ってようやく住宅地での地すべり災害が報じられ始めたようだ。これらのほとんどはおそらく盛土地盤。一方液状化による家屋の被害広い範囲に及んでいる様だ。もうそろそろ住宅tを立てる際には、宅地がどんな地盤か、造成前はどんな地形だったかを調べることが常識となってほしい。」  とおっしゃっています。

 まったくの同感であるとともに、ずっと前から言い続けたことでもあります。今回の地震では、首都東京が地震の「恐怖感」を共有しました。この機運をミスリードすることなく、長い人生の土台を安定させるためのアウトリーチが、今後我々専門家にますます求められてきます。

http://www.jstage.jst.go.jp/article/jls/46/2/90/_pdf/-char/ja/

2011年3月27日日曜日

計画停電

 久しぶりにブログを更新します。
 先週は何度も計画停電を食らってしまい、サーバやネットワークの大混乱が続きました。とにかく仕事にならん!!電子納品の時代、電気がないと現代はなんにもできないし、あらゆる仕事ができなくなっている。日中の計画停電の時間に、昔(昭和から平成にかけてのころ)、”ロットリングで清書されて露頭のスケッチ”を、書棚の奥から引っ張り出してきました。現場をどのように観て、特徴を捉えて、わかりやすく表現するとはどういうことか、、、数値や基準値では示すことのできない”味”をみんなで堪能しました。
 地震発生日には砂防堰堤の点検をしていました。そのとき、両岸70~80°の峡谷に、現場にあわせて整然と石をつんで有効高20mの砂防堰堤を見ました。ある意味で「基準」にまみれた現代ではできない職人魂をみたような気がしました。
 電気がないこそみえるものをどれだけ見つけられるか、せめてそういう楽しみを持ってみたいとおもっています(それにしても不自由だ、、、)

2011年3月18日金曜日

長い1週間

 今日で東北関東大震災から1週間です
 停電あり、余震あり、原発問題、、得体の知れない不安感、、空気が重い

 いつもは民家の裏の渓流、斜面、それこそ地震発生時に点検していた大正関東大震災の際に施工された古い石積み堰堤の点検、、そいいったいわば等身大の調査を重ねていた日常、、

 それが、M9.0の地震と津波はとてつもなく巨大で、根こそぎだった、、、
 
 自然科学的、社会科学的、心理学的にもいろんなものが出てくるでしょう。技術者として、ひとまわり大きくなる試練のときと考えたい。 

2011年3月12日土曜日

帰宅困難

 平成23年3月11日、東日本で巨大地震が発生しました。相当の被害が出ています。なくなられた方、不明の方が多数いらっしゃいます。心からお見舞い申し上げます。

 私は、地震の発生時間には、神奈川県の山中で老朽化した砂防ダムの点検の現場におりました。尾根にいたせいか、まったくゆれは感じませんでした。日没時に携帯の電波が入るところに出てきたときに、会社にも誰にも電話がつながりません。そのとき、兄や実家から着信がひっきりなしに入っていたのに気付きました。携帯は発信できないので、実家からの着信とラジオが情報源でした。

 カーナビの目的地にセットして、会社まで42キロ。高速道路が使えないので下道で帰らなくてはならない。のろのろ大渋滞。歩いている人も大勢いますが、はっきりいって歩いている人の方が早い。妻は都内にアルバイトに出ていてやはり音信不通。やっとのことで妻からの着信があり、電車がすべて止まったので社内泊になるとのこと。こちらは車ですから同じ姿勢でずーとのろのろ。会社にたどり着いたのは日付をまたいで午前1:30。42キロの道のりを、なんと9時間。今日からだのあちこちが筋肉痛。妻はやっと今日になって運行を再開した電車にすし詰めになって、今日昼過ぎに帰ってきました。

 思えば、仕事の現場の砂防ダムは、関東大震災による斜面崩壊を契機として造られた施設でした。周囲の岩盤は風化と緩みが著しく、斜面下方にはらんでいる、いわゆる深層崩壊を起こしやすい地形の典型。もし、震源がちがっていたら、、、

 今回の地震は、記録が鮮明な画像でのこる情報発達時代では、地震のエネルギー、災害の規模や複合性、どれをとっても最大級です。”伝説”と”記録”をうまく今後に活かし、防災対策、教育に生かしていくことが必要になるでしょうか。

2011年3月6日日曜日

『デフレの正体 - 経済は人口の波で動く - 』と防災

 結構世代論は面白くて、雑誌の記事でもよく拾い読みするのですが、この本は思わず買ってしまいました。経済のことばかりではなく、日本の国土の未来予想図についても述べているからです。

 『デフレの正体 - 経済は人口の波で動く - 』
 http://news.livedoor.com/article/detail/4851715/ 
 特に深刻なのは、1400兆円の個人金融資産のうち1000兆円以上を60歳以上が保有し、その保有額が死ぬとき最大になることだ。労働せず、消費もしない年金生活者が増えたことが日本経済全体を沈滞させており、これは今後さらに深刻化する。これに対する処方箋として本書が提案するのは、年功序列の廃止や生前贈与で所得を高齢者から若者に移転する、労働人口の減少を補うために女性の就労を支援する、「あまねく公平」をやめてコンパクトシティに重点投資するなど、これも常識的だ。

 ここでいうコンパクトシテイとは、生産年齢人口が3~4割減ったあとは、都市開発地域が縮小し、旧来の市街地や農山村集落を再生し、中途半端な郊外開発地は田園や林野に戻すこと、と著者は言っています。こうもうまくいくとは思えませんが、わからなくはありません。特に山間部は人がいなくなります。そうするとハードによる山地防災のニーズはどんどんなくなっていくわけです。
 いま、「斜面の近くまで生活空間が拡大している」ことと「温暖化に伴い豪雨頻度が上がっている」ことを防災のニーズがある前提とする雰囲気があります。両方とも疑問符がつく時代が来ているということでしょうか。
 逆に、この本の著者は経済学が専門であるせいか、自然科学や技術に対する考え方が私とは大きくことなります(ISOとかエコとか温暖化とか)。長くなるのでひとつひとつは述べませんが、、

2011年3月5日土曜日

バットが折れる悔しさ - 手書きの経験

 豊田泰光さんのコラムに、金属バットの弊害として「バットを折られる悔しさを味わうことが出来ない。これがあるから、技術を自分の体に染み付くよう、努力するというものだ」という文章がありました。なるほど、ピッチャーライナーの危険性と打球が飛び過ぎることだけではなかったのですね。
 そいいえば、地形判読図やスケッチを出来ない学生、技術者が増えていると聞きます。できないというか、やらせてみたらどうにもセンスがないというのです。ある先生は、その原因は、手書きをせずにいきなりCADやイラストレータで書くからではないか、とおっしゃってました。
 私の恩師は、手書きはたとえ人のものの丸写しでも、同じものはふたつとないことが実感できるし、一筆に根拠が必要だからしっかり考えるくせがつくといわれました。ローテクかも知れませんが、手仕事を知ることは、技術に関わるものにとっては必須です。地質に関していえば、自分の仮説が現場で覆されたとき、それはバットが折れたような悔しさなのかもしれません。しかし、そういったことを繰り返して、自然を見る目が少しずつ養われるのでしょう。そして、災害の記憶と想像力が豊かになれば、避けられる被害も増えるかもしれません。

2011年2月26日土曜日

中長期的な復興

 クライストチャーチでは、まだ安否のわからない方が多くいらっしゃるようです。一人でも多くの方の生存・ご無事を祈らずにはいられません。
 さて、NZ地震直後には、レスキュー隊の方がテレビ出演されて、72時間の大切さや、それ以降も生存する可能性もあることなどを解説していらっしゃいました。PTSDの対処法も解説されることと思います。しかし、以外と報道されないのが二重ローン問題など、今後の生活再建です。
 と思っていたら、日本震災パートナーズ株式会社のサイトで、関西学院大学災害復興制度研究所の講座があったことを知りました。一部引用します。

 http://shinsaipartners.blog121.fc2.com/blog-entry-64.html
 ・震災直後の対応と比べ、長期的な復興に向けた対応の方が 
  著しく困難。二重ローンなどの問題も大きな負担となる。

 また、地震に備える無料メール講座があるのも知りました。これは、他の災害の種類に対しても応用してみる価値がありそうです。
 
https://reg26.smp.ne.jp/regist/is?SMPFORM=lbp-ldlen-53a462e092f56bbefb633435ba37fcda&corporationID=0000
 

2011年2月25日金曜日

保全対象

 昨年行われた国勢調査では、日本の人口は微増であるが、より都市部への集中が強まったのだそうです。東京都だけで人口の11%ですからスゴイものです。私は砂防の仕事によく携わるのですが、果たしてこの集落がいつまで持つのだろうかと思う事があります。防災の対する新たな”哲学”のようなものが問われてきていると思います。

2011年2月24日木曜日

清田隆先生

 何気なく朝ズバをみていたら、東大生産研究所の清田隆先生が出ておられました。ひと目みて若いという印象でしたのでググッテ見たところ、私より2歳若い方でした。

 http://soil.iis.u-tokyo.ac.jp/HP2006/Kiyo_HP/index-Japanese.htm

 まず、技術士を持っておられる方でした。地盤工学会でも調査を行うともおっしゃっていました。
 クライストチャーチの画像を垣間見る感じでは小さな河川が蛇行しているので、軟弱地盤が厚いのでしょうか。沼地を埋め立てたという話も聞きました。

2011年2月17日木曜日

雪かき砂防調査

 先日の月曜日にドカ雪が降りまして、それでも土石流堆積物と砂防堰堤の調査です。昭和ひとケタの時代に施工された砂防堰堤が、しっかりと機能している。まあ、堅岩にきちんと着岩しておれば、堰堤も擁壁もしっかり持つものだと実感します。それにしても雪がひざを超えるとしんどい、、、

2011年2月13日日曜日

寒い、、、

 昨年の漢字は『暑』でしたが、今年に入って豪雪、雪下ろしによる事故など寒波に関わるニュースも多く報道されています。そろそろCO2論議の熱も冷めるのかなあと思っているのですが、なかなかそうはいかないようです。
 それはそうと、先日行った現場は「後氷期開析前線」は初めて示されたといえる、箱根の渓流でした。この後氷期開析前線については「強すぎる冬のイメージによる心眼でみたものだ」という”批判”もあったようですが、羽田野氏がご健在ならいまの温暖化議論にどういう見解を示されたでしょうか。

2011年2月9日水曜日

地理学評論の現在

 私が大学に入りたてのころ、10年くらい経ったら地理学評論に論文が載るように、、といわれたものです。学生時代には、70年代、80年代に多く掲載された自然地理の論文「○○平野の地形発達史、段丘形成史」といった論文で、第四紀後半になにが起こったかを学びました。最近では自然地理の論文がめっきりへったなあと思ったところへ、月刊だった地理学評論が隔月になるのだそうです。

 http://www.ajg.or.jp/ajg/cat18/ 編集委員会から
 地理学評論和文号は,今年4月から奇数月の隔月発行となり,第81巻(2008年)は7号刊行されました.隔月発行は主に財政事情によるもので,総ページ数(論文数)を減らすためではありませんでした.しかし,第81巻では,論説12編,総説2編,短報11編,討論1,あわせて26編の論文掲載となり,第80巻(31編).第79巻(28編)に比べ少なくなりました. 
 掲載論文の分野別内訳では,自然地理関係6編,人文地理関係20編で,自然地理関係の論文が昨年(5編)と同様少なく,自然地理関係者のより多くの投稿を期待しています.掲載論文の筆頭執筆者を年齢別にみると,1930年代生まれが2名,1950年代生まれが2名,1960年代生まれが3名,1970年代生まれが13名,1980年代生まれが6名となっており,1970年代以降生まれが全体の4分の3を占めています. 
 掲載論文が投稿から受理までに要した期間および審査回数につきましては,昨年よりも少なくなっています.それにもかかわらず,しかも投稿論文数が減っているわけではないのに,掲載論文数が少なくなっているのは,厳しいコメントを受け取ると早い段階で掲載を諦める投稿者が多くなっているためと推察しました.


 1970年代生まれが全体の75%ということは、30代がメインになっているということですから、それ自体はいいことだと思います。ただ、厳しいコメントを受けると早くにあきらめるというのは、どの学会にも共通した課題かも知れませんが、日本地理学会は研究職の割合が高いので論文が載らないのは死活問題かもしれないですね。