2012年2月26日日曜日

深層崩壊の実態,予測,対応

http://www.slope.dpri.kyoto-u.ac.jp/mountain/academicinfo/DPRI_20120218proceedings.pdf
地震時大規模崩壊の記録は少ないが,たとえば,宝永地震:高知県高岡郡越知町舞ヶ鼻の崩壊,高知県室戸市の加奈木ツエ,静岡県静岡市の大谷崩(「崩」を「くずれ」と読む),安政南海地震:高知県土佐郡土佐町有間の崩壊があり,加奈木ツエと大谷崩は日本三大崩れのひとつにも数えられる大規模なものである。
西南日本外帯の付加体山地における大規模崩壊の多発は,付加体の地質特性と約100年毎に繰り返し発生する南海地震・東南海地震・東海地震といった海溝型巨大地震による尾根の初生変形に原因があると考えている。崩壊が大規模になるためには緩み(ダメージ)が深部まで及ばなければならず深部にまで緩みが及ぶまで簡単には崩れないことが必要条件である。
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横山先生の論文です。簡単には崩れないことが必要条件とは確かに。海溝型巨大地震は強烈ですが基本的にボディブローなんでしょうか

2012年2月25日土曜日

砂防学会の巡検

今年の砂防学会は高知で開催されるとあって、室戸ジオパークの巡検が企画されています。ジオパークのなかでも先進的であり、来るべき南海地震に伴う地殻変動を考えるうえでも、格好のフィールドのひとつです。

http://www.muroto-geo.jp/www/

 南海地震で思い出しましたが、せっかくの機会なので、加奈木崩れの巡検を企画していただいてもよかったのではないかと思います。海溝型地震と斜面変動に関する特別セッションが企画されていることですし、、、高野秀夫さんが、『斜面と防災』のなかで

 現地見学会なども単に地すべりの外観を眺めたり、工作物をみるようなことに留まらず、運動の境界面、運動の境界面を見た上での議論をするようなことはできないか

 とのべられています http://www.ctt.ne.jp/~myama/pdf/slope_landslide.pdf

2012年2月24日金曜日

なかなかはじまりませんが、、、

家族のための地盤の話
http://jibannohanasi.blogspot.com/

技術士夜話の続編というべきか、、でも忙しすぎて(まだまだ東北の災害実態調査がおわりません)なかなか進みません。かくいう私のブログも息切れ気味、、、書く体力が落ちてきているのでしょうか。一日中判読三昧で目が回る、、、

2012年2月23日木曜日

防災格言

『 いざとなるとマニュアルなどあまり役に立ちません。 ノウハウと経験を持っている人の助けが一番です。 』
泉田裕彦(1962~ / 新潟県知事 元経産省官僚) 泉田裕彦(いずみだ ひろひこ)氏は、新潟県中越地震(2004年)と新潟県中越沖地震(2007年)という立て続けに新潟を襲った災禍で、知事として陣頭指揮を執った人物。

京都大学法学部卒業後 昭和62(1987)年に通産省入省。経済企画庁内国調査第一課、ブリティッシュ・コロンビア大学客員研究員、経済産業研究所主任研究官、産業基盤整備基金総務課長、大臣官房秘書課長補佐、国土交通省貨物流通システム高度化推進調整官、岐阜県新産業労働局長など歴任し、平成16(2004)年の新潟知事選挙で初当選。当時、全国最年少の42歳の知事誕生となったが、知事就任前日の平成16(2004)年10月23日に新潟県中越地震が発生し、初登庁の日から被災地の復興に取り組むこととなった。

2012年2月21日火曜日

MBからTB

私が新人だったころは、座右にフロッピーディスクケースがありました。それがいまや、外付けHDDがごろごろ、、レーザー計測図だオルソフォトだ、、、とにかく最初の一筆ならぬワンクリックまで時間がかかること、、、、もうかえろう、、、

2012年2月19日日曜日

日本地理学会

http://www.ajg.or.jp/ajg/meeting/2012spring_timetable.pdf
日本地理学会の今年のスケジュール

昨年はなんといっても東日本大震災の2週間後でしたので、間が悪かったのでしょう。今年はもちろん東日本大震災のセッションがあります。私の師匠である木庭元晴先生も発表されるのですが、純粋な自然地理学というよりは、応用地質学的な発表だなあと思います。

木庭元晴(関西大):大阪平野北部を例とする更新世地形面上の土質ボーリング粒径区分とN値に基づく平野地形面の時代区分

いつも思うのですが、なんで年度末なんでしょう。今年は3月30日が金曜日なので、コンサルはとても参加しにくい、、、、

2012年2月18日土曜日

家は買うべきか否か論争

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120218-00000004-pseven-bus_all
住む家は買うか賃貸か――これは永遠の議論だが、住宅問題に詳しい神戸大学大学院教授の平山洋介氏は、そもそもマイホーム購入の合理性が減ったと指摘する。

「戦後、政府は住宅建設で経済成長を推進し、住宅金融公庫(現在の住宅金融支援機構)が供給した住宅ローンが誘い水となって中間層の持ち家取得が増えました。住宅・土地価格の上昇率は賃金・物価のそれを上回り、住宅所有は資産形成の有効な手段でした。供給サイドにとっても、賃貸は資本回収に時間がかかるのに対し、売り家の場合はすぐに回収可能で合理的だったのです」

 しかし、バブル崩壊でデフレ経済に突入した。「デフレのもとで住宅ローンを背負うと、実質的な債務負担が重くなっていきます。給料は上がらず、雇用は不安定で、持ち家の資産価値は下がる。政府は適切な賃貸住宅を増やし、無理をして家を買う人を減らすようにする必要があるでしょう」

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という記事を目にすると、あんしん宅地の考え方も変わってくるわけです。かくいう私もローンを組むのを避け(まあ、結婚も遅かったし)アパート暮らしなので、記事にうなづくところはあります。むしろ、大地動乱の時代と高度成長~バブル期にかけて造成された土地・宅地、インフラ等の更新時期が重なる時代になってきますので、地盤と土地利用の履歴をよく知った上での防災対策が必要になってくるでしょう。結局、安全か危険か場所ですから。

2012年2月16日木曜日

思い出の現場に発電施設

ケンプラッツの記事で、懐かしい写真を見ました。

http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/const/news/20120213/557930/?fromrss

国土交通省北陸地方整備局飯豊山系砂防事務所は2月7日、山形県小国町の砂防堰堤に設置した小水力発電設備を公開した。堰堤から落下する越流水の力を利用し、常に180W以上を発電する。同砂防事務所によれば、砂防堰堤の越流水を利用した小水力発電は全国で初めて。発電した電気は、流域を監視するカメラや雨量計などの運用に利用する。

ここは、私の初現場です。穏やかな渓流に突如として砂防堰堤が現れてびっくり(というよりは、土砂災害のポテンシャルの低いところになぜ)したところです。発電がうまくいったということは、土砂が少なかったということでもあるからです。

2012年2月13日月曜日

斜面災害の予知と防災

このブログで以前『原典からみる応用地質』という本を紹介しました。私は斜面の地形学から応用地質の世界に入りましたが、この本は、原典からみる斜面地形学といっても良い本だと思っています。特に羽田野誠一さんと大八木則夫さんが解説されて後氷期開析前線は、この本で世に出たといって良いのではないかと思います。
 いまはやりの「深層崩壊」についても、戦後の代表的災害事例を第四紀の地形発達史を十分に踏まえ、これ以上ないと思わせる地形の定性的モデル化も迫力があります。学生時代以来図書館で読むのみでしたが、しっかり手元において深く読み込みたいと思って、アマゾンで注文しました(私が注文したら12000円のものしか残りませんでした)。

 http://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4891725028/ref=dp_olp_used?ie=UTF8&condition=used

2012年2月12日日曜日

私がこの職業を志したのは19歳のとき

またまたはまっているドラマ、13歳のハローワークをみてしまいました。これはもちろん村上龍さんの原作があるわけですが、職業別のマップも作られています。
 http://www.13hw.com/home/index.html
 このサイトに「防災」や「地」の文字がないのが少しさびしい、、、、
 私がこの業界を志したのは19歳のとき、人文地理の講義、そして朝倉書店「応用地理学ノート」という書籍で、環境アセスメントや防災に地理学の技術が紹介されていたのがきっかけでした。 調査したことを地図に表現するという”ひとことではいえず”、かつ直接モノを造るわけではないので"技術”のイメ-ジが伝わりにくいことがあって、いまだにどんな職業なの?と聞かれたら長話になります。子供たちの目を輝かせるような職業として、自立していないのかも知れません。

2012年2月11日土曜日

去年の今頃

毎月11日になると、東日本大震災から○ヶ月といわれるようになりました。この11ヶ月は、私にとってはすごく長く感じました。震災後の防災技術者としてのあり方について、いろんなことを考えている間に、9月の紀伊半島の大規模土砂災害で多忙多忙の毎日。
 さて、震災前の去年の今頃は何をしてたかなあと思い出そうとしたのですが、これがなかなか出てこない。個人的な老化もあるのかもしれませんが、、、そうそう、確か大正関東大震災を契機として造成され老朽化した砂防堰堤の点検とそれにまつわる崩壊地、緩み岩盤の調査もしたっけ、、そして、あの震災が年度末であったことで、いまだに過年度の業務を引きずっているし、、、ただ、個人の相談ごとは格段に増えた気がします。

2012年2月10日金曜日

耳の痛い話

地すべり学会誌最新号の論文から

技術者の現場作業の割合が減ったことは、調査機器を扱う機会が減ることにもなり、機器に関する理解不足による取得データの質の低下をもたらすことにつながった。
このように、現場での調査や観測の省力化が進む一方で顕在化する問題が出てきた。地すべりを相手にする技術者は空調の効いた室内で机上のデータで考察・判断するのではなく、データを片手に積極的に現場に飛び出して試行錯誤しつつ実態把握に努め答えを出すべきである。新たな時代に向けて調査・観測の基本を見直す必要がある。
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ああ、、みみが痛い。鉛筆なめて味覚も鈍化、、、

2012年2月9日木曜日

地すべり学会の特集号も

「東日本大震災で発生した斜面変動 - 海溝型地震による巨大災害の備えに向けて」という特集号が、地すべり学会で企画されていました。似たような(というかほとんど同じ)内容、タイトルの学会セッションが砂防学会でも企画されています。
 この特集号のお知らせが掲載されていた地すべり学会誌49巻1号の口絵に、2008年岩手・宮城県内陸地震で生じた荒砥沢地すべりの写真が掲載されていました。なんども書きましたが、直下型地震の方が巨大地すべりブロックが形成された事例は多いのではないかとおもいますが、海溝型地震では広域に同時多発する可能性があるのでしょうか。また、海溝型地震といっても、丹沢山地や箱根山の崩壊群発・大規模崩壊をもたらした大正関東大震災もあるので、まずは斜面変動の類型化を考えたほうがよさそうです。

2012年2月8日水曜日

防災格言

地震警報を発し防災措置を講ずる上で、大衆からもたらされた数々の動物の異常行動や地下水・地電気の観測結果が大いに役立った。

日本、米国、ソ連が地震予知計画を進めていた1970年代。中国(中華人民共和国)では、遼寧省海城市で起った大地震の予知に成功し、揺れの寸前で約100万人の住民を屋外に強制退避させて多数の人命を救ったというニュースが世界中を驚かせた。

1975年2月4日の海城地震(M7.4 死者1,328人 重傷4,292人)のことである。 当時、中国では文化大革命の波に乗って、地震予知のための観測項目として井戸水の異常や動物の異常行動(これを宏観(こうかん)異常現象と呼ぶ)などの情報が、10万人規模の大衆の無給奉仕によって毎日中央センターへと報告されていた。大衆の監視とともに専門家による地震観測も行われ(これを「専群結合」と呼ぶ。専は専門家、群は大衆)、失敗を恐れず頻繁に国家による地震警報が発令されていた。

当然、予知の空振りの方が多かったが、その様な中で、海城地震では住民の強制退避完了後1時間ほどで大地震が発生するという劇的な予知の成功例を収めることとなる。 中国共産党政府は、1976年2月にパリで開催されたユネスコ総会で、この「地震予報の成果」を大いに喧伝した。当時、初代国家地震局局長の劉 英勇(りゅう いんよん)氏の手による英語翻訳公式レポート(「中華人民共和国地震工作概況簡介(1976年第2期)」)がユネスコ参加者へと配布された。(格言はこのレポートから)

2012年2月5日日曜日

家族を守る地盤の話

技術士夜話で同じみ!?の稲垣さんが、今日、「家族を守る地盤の話」というブログを立ち上げるとおっしゃいました。

 技術士夜話 http://gijutsushiyawa.blogspot.com/

 このブログは防災や環境保全に関わる実務をやんわりと解説する意味合いですが、これから危惧される大規模地震に備える意味でも、もうひとつブログを立ち上げたいとのことでした。似たようなタイトルの書籍に「家族を守る斜面の話 -あなたの家は大丈夫」がありますが、多分斜面の話が中心になるのかなあ。。斜面には植生との関係、盛土造成地の明暗など、結構いろんなネタがありますし、都心にも多いのです。

2012年2月4日土曜日

空中写真判読

今年は空中写真判読の仕事が多くなっています。やはり紀伊半島の土砂災害と東日本大震災を契機として、海から山まで地形変化の実態を捉えようということでしょうか。ただ、崩壊から生産された土砂が土石流となって扇状地となって三角州となって海に注ぐ。この過程で形成される滑らかなサインカーブに"違和感”を与える活断層、地すべり等をさがす。地形分類の原点というべき連想ゲームが行われないのがちょっと気がかりです。

2012年2月3日金曜日

再び13歳のハローワーク

毎週金曜日の夜の楽しみになってきました。○○時代、世代と区切られる最後のフレーズといわれる「バブル」ですが、私はこのころ高校生、就職活動をするころは、はじけてました。
 さて、主役格の女性が言う「最高の就職」ですが、新人研修で当時の社長は「金持ちになりたくてこの業界を目指す者はいない、就社じゃなくて、就職を」と仰いました。その後、私は3回「転社」をするわけですが、「事後防災、解説、行政文書の代書」から「事前防災、エンドユーザーへのアウトリーチ」に向けての「転職」は不十分です。

2012年2月2日木曜日

防災

身命の長養は衣食住の三つにあり。
衣食住の三つは田畑山林にあり。
田畑山林は人民の勤功にあり。
今年の衣食は昨年の産業にあり。
来年の衣食は今年の艱難(かんなん)にあり。
年々歳々報徳を忘る可(べか)らず。 』 二宮尊徳(1787~1856 /
江戸時代の農政家・報徳思想家 通称は金次郎) 『艱難(かんなん)』とは困難に遭遇し苦しみ悩むの意。 この格言は報徳の道の精神を説いた「 報徳訓 」より。

二宮尊徳(にのみや そんとく / 通称:二宮金次郎、金治郎)翁は、江戸時代後期に「報徳思想」という道徳思想を説き、日本の農村復興政策を指導した農政家。戦前の国定教科書にも紹介され、各地の小学校に "薪を背負い本を読み歩く金次郎像" が多く建てられ、広く知られる。 幼少の時、酒匂川(神奈川県小田原市)の氾濫により小田原東栢山一帯に濁流が襲い、金次郎の父の田畑も流失するが、金次郎は荒地を復興させ、残った田畑を小作に出し収入の安定を図って20歳で生家再興を果たす。また、小田原藩家老・服部家に依頼された財政再建にも成功し藩内に名前が知れ渡ると、才能を買われて小田原藩大久保家の家臣となり、下野国桜町領(栃木県二宮町 現・真岡市)の経営に成果を上げた。その農村経営手法は「報徳仕法」として他の農村の規範となった。各地には金次郎を祭る「二宮神社」が建立されている。

2012年2月1日水曜日

会社のパソコン、またクラッシュ

どうもPCの調子が悪く、OS再インストール、、以前から会社のパソコンに不具合を感じていたので、外付けHDDで仕事してたので被害は最小でしたが、個人的に作成していた名刺がわりの地形分類図が飛んでしまった、、、