2012年2月2日木曜日

防災

身命の長養は衣食住の三つにあり。
衣食住の三つは田畑山林にあり。
田畑山林は人民の勤功にあり。
今年の衣食は昨年の産業にあり。
来年の衣食は今年の艱難(かんなん)にあり。
年々歳々報徳を忘る可(べか)らず。 』 二宮尊徳(1787~1856 /
江戸時代の農政家・報徳思想家 通称は金次郎) 『艱難(かんなん)』とは困難に遭遇し苦しみ悩むの意。 この格言は報徳の道の精神を説いた「 報徳訓 」より。

二宮尊徳(にのみや そんとく / 通称:二宮金次郎、金治郎)翁は、江戸時代後期に「報徳思想」という道徳思想を説き、日本の農村復興政策を指導した農政家。戦前の国定教科書にも紹介され、各地の小学校に "薪を背負い本を読み歩く金次郎像" が多く建てられ、広く知られる。 幼少の時、酒匂川(神奈川県小田原市)の氾濫により小田原東栢山一帯に濁流が襲い、金次郎の父の田畑も流失するが、金次郎は荒地を復興させ、残った田畑を小作に出し収入の安定を図って20歳で生家再興を果たす。また、小田原藩家老・服部家に依頼された財政再建にも成功し藩内に名前が知れ渡ると、才能を買われて小田原藩大久保家の家臣となり、下野国桜町領(栃木県二宮町 現・真岡市)の経営に成果を上げた。その農村経営手法は「報徳仕法」として他の農村の規範となった。各地には金次郎を祭る「二宮神社」が建立されている。

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