朝6時におきて現場に向かった。
山奥の砂防堰堤の変状調査だった。
その砂防堰堤は大正関東大震災を受けて施工されたものだった。
雪の深い山道を200m登って400m下ったところが現場だった。
どうやってこんな山奥に資材を運んだのだろう、、
堅岩に着岩していた堰堤はしっかりしていた。
吹けば飛ぶような風化岩盤も連続する。
しかし、それなりの場所にある施設は丈夫だった、、
調査を終え、仲間を迎えに行こう、、
とりあえず予備の写真でもとっておこうか、、
その写真の撮影保存日時が2:46時だった
山を降りたのは5時過ぎだった、、、
会社に連絡を入れようとしたが電話が入らない
そしたら実家から安否を気遣う電話が入った
なんだ、、お前いまなにが起こっているのかしらんのか
電話をかけた兄は安心するとともに驚いていた、、
そこから40kmの道のりを大渋滞のため9時間はかけたろうか、、、
カーラジオから繰り返される情報に、時代が変わる大事であることを察する
今日、関東は追悼番組一色だ、、
そして、どこで地震がおこるのか、いつおこるのかという議論が多い。
しかし、その瞬間に生き延びる術は議論されても、
その後の人生設計を有意義にする備え、防災の知識、
街づくりの思想、デザイン、、、
それに必要な技術、人材をどう育成するか、、
仏造って魂いれず、、、
そんなグチを繰り返してきた昨今、、、
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